殺意の音が、聞こえるか。



『Silent sword』





 誰も通らない静寂の廊下、ビジネスじみた窓が朝日を迎えるだけの空間に、カツンカツンカツン、と冷えたヒールの音が反響する。朝日が目にかかる度に目を細めながら、フロストは自室へと向かっていた。

「おはようございます」

 唐突に彼に正面から声をかけたのは、白い髪とスーツが眩しい青年だった。彼がにこやかに朝の挨拶をかけると、フロストは言葉の代わりに視線を寄越し、彼の横を通り過ぎた。再び、ヒールの音だけがカツンカツンカツン、と廊下に響き、フロストには眩しすぎる朝日が、廊下や壁や天井を跳ね回る。キラリと一際輝いたのは、背後だった。

―――キィンッ!

 鉄と鉄のぶつかる非日常的な音が、しつこく廊下を反響した。未だキチキチと互いが力を加え合う音が小さくその反響を追いかける中、さらに言葉という音が重なる。

「大根芝居はバレてたか」

 少し楽しむような声色のその声の主はフロストではなく、先ほど和かに微笑んだ青年とはまた違うーーーレスだった。今はその微笑みは、ニタリとした加虐的な笑みに変貌してしまっている。フロストはその声を、今度は背中で受け止めた。背後を狙った太刀筋はフロストのうなじを斬る事は叶わず、瞬間に背後で鞘から抜かれた彼の刀が受け止めていたのだった。彼は何も言わず、振り返ることもしない。背中をこちらに向けたままである。これならばまだ、

(殺れる!)

 再度刀を振り上げるために、拮抗しあっていた刃をレスが離した途端、フロストはカンッ!とヒールを鳴らして足首を回し、同時に刀を持つ腕を引いて、そのまま突き出した。

「…っぐ、」

 レスの喉が鳴る、その喉仏に微かに触れる切先が肌に傷をつけ、じわりと血が滲んだ。

「腕を振り上げすぎた。太刀筋が大雑把すぎる。刀の長さと相手の距離の取り方も全く成っていない。それに、貴様は殺気を漏らしすぎた。相手に勘付かれては殺りあう前から負けているようなものだぞ」
「……っへ、なんだよ、殺さずに説教か?……殺れよ」
「その義理はない」

 静かに刃を下ろすと、そのまま刀を鞘へと戻す。何事も無かったかのようにくるりとまた背を向けて歩き始めたフロストの背に、レスは吐き捨てるように叫ぶ。

「敵に背を向けないってのは常識じゃねぇのか?」

 ぴたりとフロストは立ち止まる。思わずグッと身構えてしまったことに、レスは己の事ながら驚いた。こちらを振り向くことなく、フロストは淡々と告げる。

「不意打ちすら成功しないお前に、殺れると思うか、この俺を」

 争いの去った静寂の廊下、ビジネスじみた窓が朝日を迎えるだけの空間に、カツンカツンカツン、と冷えたヒールの音だけが反響した。


『Silent sword』 Fin.



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