境界線が曖昧になる事を、彼と、彼と、彼は恐れた。




『---キリトリ線---』




 彼の“働き“はいつも完璧だ。躊躇なく、相手の喉笛を、眉間を、心臓を、確実に斬りつけ、撃ち抜く。相手が何人いようともそれは変わらず、彼はただ黙々と、己の存在理由の為に人を殺める。

「………完了」

 ビュッ、とナイフを振り血をきりながら、レイヴは呟く。今回あたえられたのは、久方ぶりに大人数を相手にした任務だった。自分を中心にして周囲に折り重なる死体を、冷めた目で見やる。どの死体にも大きな切り傷が致命傷となっていた。
 彼の仕事はこれで終わりだ。後は本社へ戻り完了報告をするだけ。簡単な仕事だった。返り血に濡れた姿のまま道を歩いて帰っては目立ってしまう恐れがある。建物の屋上を渡って戻ろうと、目の前の建物を見上げた時、誰かがこちらへ向かって来る足音を耳が拾った。この現場を見られては厄介だ、もしここへ現れるなら処分してしまおうと、レイヴはもう一度、ナイフへ手を伸ばす。

 しかしそこに現れたのは、殺す必要のない人物だった。

「へぇ?血なまぐさいと思ったら」

 カツン、と踵を鳴らし現れたのは、白いスーツをレイヴ同様に血で汚した、レスだった。レイヴはナイフに伸ばしていた手を下ろし、視線を彼から外す。レスが現れるよりも、いっその事知らぬ人物が現れて殺してしまう方がレイヴにとっては良い流れだった。レイヴにはこれが嫌悪かどうかは分からなかったが、確かに胸がささくれ立つのを感じていた。そんなレイヴの胸中を知っているはずだったが、レスにはそれが面白いらしい。彼特有の嫌な笑みを浮かべながら、死体に近付く。

「急所をバッサリ、か。もっといたぶってやりゃあ良いのに」

 刀の先端で、力が抜け不安定な死体の首をグラグラと揺する。レイヴの視界の端に入り込む白く赤い影が、どうしても、今は眠っている"彼"と重なる。"彼"がそんな事をするはずがなく、その姿のまま人を殺め、甚振るレスの行為が、レイヴは気にくわなかった。

「…………早く、本社ヘ」
「戻れって?つれねぇなぁ。そんなに俺の事が嫌いかよ。シープスだったら、喜んでただろ」

 レイヴはレスに向き直る。彼が本当に苦しめたいのは他人ではない。彼の中に眠るシープスこそが、レスの本当の標的だ。死体のひとつに腰を下ろし、レスは血で固まった前髪を指でいじりながら、言葉を続ける。

「俺もさっき任務だった。お前ほど相手は多くない、3人だったなぁ、多分。切り刻んだから覚えてねぇし、近くにいた適当な奴も殺っちまった」

 ニタニタと笑みを浮かべ、反応を伺うように視線をレイヴに向けたまま、レスは言葉を続ける。

「シープスのことがそんなに気に入ってるなら、教えてやろうか?」

 ざわざわと、乱れる。しかしなぜ、すぐに立ち去らないのか。

「まぁ、任務のときは良いとしても、他の奴、関係ねぇ奴を殺る時。あいつ煩くてよぉ?頭ん中でギャンギャン喚くんだ、昔を思い出しちまうんだろうなぁ。あの日、あいつの人生を俺がめちゃくちゃにして、」

 後頭部への衝撃と共に、真っ白になる視界。何が起きたか理解できずに泳ぐ目は、すぐに目の前のレイヴを捉える。首を掴む手にギリギリと力が入る。

「ハッ、なんだ、てめぇには、殺せねぇだろ、"あいつ"を」

 その通りだった。もし目の前の彼を引き裂いて、中から"彼"を救い出せるなら、すぐにでもそうしただろう。だが"彼"と"彼"は確かに重なって存在していて、どちらかを殺すのだなんて無理な話なのだ。だがレイヴは、どうしても我慢ならなかった。

「殺れよ、出来ねぇのか………っ」

 白い首に、指が食い込む。呼吸が出来るか否かのぎりぎりまで、気道を狭くする。

「殺せよ!!!!!!!」

 ハッ、と互いに息をのむ。

―――――今のは"どっちが"叫んだ?

 レイヴが手を離すと、レスはその場に崩れ落ち咳込む。自らの口から出た叫びに、彼自身は驚いているようだった。レイヴもレスと同じで、驚いていた。レスの口から発せられたが、少し、レスとは違う。レイヴはそれを敏感に感じとった。居た堪らなくなり、その場から立ち去ったが、それでもレイヴの胸のざわめきは収まることはなかった。


 レスとシープスの境界線が、時にあやふやになる。どちらが残るかはわからないが、レイヴ、そして誰よりもレスとシープスはそれを恐れている。



「おはようございます」

 と、いつものように笑みを浮かべ挨拶をするのはシープスだが、その首にはくっきりと、絞められた跡が残っていた。



『---キリトリ線---』Fin.







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