キュ、と栓を捻ると、湯気が狭いシャワールームに満たされる。体の隅々まで解れていくような、心地よい感覚。今まで足元ばかり見ていた視線を鏡に移し、ひっ、と息をのんだ。

「な、に…………これ」

 鎖骨から左肩、肘にかけ、黒い痣が広がっていた。始めはここまで酷くはなかった。ただの内出血程度だったが、何故か突然、まるでタトゥーの様に、肌の下で広がっている。痛みや痒みもなく、触れても何も異常はない。ミシェルは体を回し、鏡で背中を確認した。背中はさらにその範囲が広く、肩甲骨を覆い、腕に太い縄を巻いて締め上げたような、そんな痣だ。ミシェルは何度も、鏡に映った自分と、実際の己の左腕を見比べる。試しに擦ってみたりしたが、何も変わらなかった。

「これは、皮膚科に行くべき……なのか……いつから、こんな……」

 今が半袖の季節ではなかった事を幸運に思う。肘にまでこんな痣があっては、これを晒して出歩く事は憚られた。医者にかかる時間はなく、暫くはこの痣を放置する事になりそうだとため息を吐いた時、何者かが、その左腕を、掴んだ。

「わっ!」

 反射的に声を上げ、腕を振るう。背後に立っていたのはクロウだった。彼が現れる場所は、例えそれが風呂場であったとしても関係ないらしい。クロウは出しっぱなしのシャワーで濡れるのを気にせず、再びミシェルの腕を掴み、じっ、と痣を見つめている。

「これがなにか、分かるんですか……?」

 驚きドクドクと打つ胸を右手で押さえながら、ミシェルはクロウに問いかける。クロウは何も反応を見せぬまま痣を見つめたかと思うと、ミシェルと目を合わせ、そっと顔を横に振る。

「そっ、それは、どういう意味で……」

 これが何なのか分からないのか、それとも、何か悪い影響でもあるのだろうか?ミシェルの言葉に答える事はなく、クロウは腕を離すと、静かに姿を消した。

 痣が何なのかは分からないが、クロウが反応を示したという事は、もしかすると“境目“に関係する事なのかもしれない。あまり悪い意味の首振りでなければ良いが、ミシェルの胸は、未だにドキドキと脈を打った。嫌な胸騒ぎ、こういう時に限って、予感は当たるものだ。


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