地下室へ顔を出さなくなってからしばらく、大学から家への帰路でナイトウォーカーに襲われることも、カツアゲをされることもなく、ミシェルは久々の“平凡な毎日“を過ごしていた。しかし、平凡では無いことが、ひとつ。

「あ、えっと………クロウ、夕飯は作って下さらなくて大丈夫ですよ。なんだかすみません」

 一人暮らしで、あまり使う事のないテーブルの上にぎっしりと並べられた皿の数々。色とりどりの料理からは、温かな湯気が立ちのぼっている。その脇で、調理した張本人のクロウが、ゆっくりと首を傾げた。

「……いただきます」

 こうやって、食べてしまうからいけないのかもしれない。しかし、ミシェルには誰かの善意を踏みにじる事など出来るはずもなく、更には律儀に、無理矢理にでも全て平らげてしまうのだった。課題やテストがある期間は決まっていつも体重が減るのだが、今回に限っては、順調に増加している。ダイエットが必要かもしれない、とため息をつき顔をあげると、部屋には自分一人だと気付く。

(……いなくなった)

 一瞬でも目を離すと、クロウはあっという間に姿を消してしまう。姿を現す時もそうだ。音も、気配もなく、あたかも初めからいたように、いなかったように。闇の中へ、シェイドたちの言う、"境目"へ消える。
 彼らが時折口にする話を纏めると、「地獄」「この世」「天国」といった世界があるらしい。それぞれは独立した世界で、交わる事はない。地獄から悪魔が這い上がる事も、天国から天使が舞い降りる事も、本来ならありえない事で、メアが「この世」にいるのは、かなり特例のようだ(だからこそメアは“特例“を自慢する)。神様という存在も本当にいるらしく、人間が宗教として語り継ぐように、元からインプットされているらしい。地獄にいるサタンも、天国にいる神様も、全てを知り全てを超越する大それた存在などではなく、「ただ少し色んな事が出来る別の生き物」でしかないと、メアは笑いながら言っていた。
 そしてその神様が気まぐれに、「この世」と「天国」の"曖昧な場所"で人を創る。その結果、ミシェルのような"翼を持つ者"が生まれてくる、とシェイドは説明した。そしてその"曖昧な場所"のことを、"境目"と呼ぶようだ。境目にも2種類あり、「天国」と「この世」の境目と、「地獄」と「この世」の境目で違うらしい。シェイドが操る影とクロウは、後者の住人だと聞いた。

「シンプルといえば、シンプルなんですが」

 頭の中の本棚、その空いたスペースにまた1冊、新しい知識の本を並べる。その本はまだまだ分厚く、何度も読み返さなければ完全には理解できないのだろう。
 ふう、と満足、否、苦しげに息を吐き、ミシェルは空になった皿を片付けはじめる。重くなった胃の中のものをエネルギーにして、今夜も課題が捗りそうだ。

「っと、その前に、シャワーを済ませてしまおう」

 課題をしている間に眠ってしまう可能性はゼロでは無い。洗い物は後回しで、まずは自らをスッキリさせることにした。


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