「はっ、はぁ、はぁッ…」
「ふむ、かなり慣れてきたようだな」

 ミシェルに毛布を投げてやりながら、シェイドは感心したように言う。あれ以来、ミシェルが地下室へ訪れる度に“トレーニング”は行われていた。何度も闇へ飲み込まれるうちに身体が慣れてきたらしく、猛烈な寒気に悩まされる事は無くなった。だが、未だに闇から抜け出すまでにはいたっていない。

「も、もう一度、お願いしますっ」
「いや、今日はもう十分だ。あまりやり過ぎても体力がもたんぞ」
「で、ですが……」
「焦らなくても良いんだぜ、ミシェル」

 ミシェルの腕を掴み、立ち上がるのを手伝いながらヴィクスはそう励ます。体力がなく何事もすぐに諦めてしまいそうな、そんな身体つきをしているが、なかなかしぶとい奴だとヴィクスは感心していた。

「また明日もやりゃあいい」
「あっ、それが、明日からは暫く此処へは来ることが出来ないんです……」
「ん?なにかあるのか?」
「学校の方が忙しくて……一週間ほどではありますが、トレーニングが出来ません」

 ミシェルの言葉を聞き、シェイドは考え込むように口元に手を添える。一週間だけとはいえ、ナイトウォーカーが現れないという保証は無い。

「ならば、クロウを護衛につけよう。彼ならお前の生活の邪魔する事なく傍にいれる」
「えっ!?やだ!!遊び相手いなくなんじゃん!」

 それまではソファで寝転んでいたメアが、ガバリと起き上がり反論の意をとなえる。ただでさえミシェルに構いがちだったので、彼としては毎日不満だったようだ。

「一週間だけじゃねぇか……」
「7日間もでしょ!?カレンダーの一列全部クロがいないなんてやだーっ!」
「うるっせぇダダこねんなって!」

嫌だ嫌だと首を振るメアにいくらヴィクスが言い聞かせても、メアは首を縦に振る様子はない。無理矢理にでも黙らせようとシェイドが影を伸ばした時、ミシェルはそっとメアに歩み寄り、しゃがみ込んで視線を合わせた。

「メア、寂しい思いをさせてしまうかもしれません。なのでお詫びとして、また此処に来る時にお菓子をたくさん買ってきてあげましょう。隠れんぼも、鬼ごっこもたくさんしてあげます。なので7日間だけ、クロウをお借りしても良いですか……?」

 そっと、寄り添うような問いかけ。メアは未だ頬をふくらませながらも、ゆっくりと頷いた。

「ありがとうございます」

 ミシェルは笑みを浮かべると、立ち上がりながらぽんぽんとメアの頭を撫でる。いつの間にか部屋の隅に立っていたクロウにも笑みを向ける。

「出来る限り迷惑はかけませんので、よろしくお願いします」
「…………」

 分かった、と返事をする代わりに、クロウは頷き、再びズルズルと足元から闇の中へ消えていった。シェイドとヴィクスにも別れを告げ、ミシェルは地下室を後にする。静かに軋みながら閉められた厚いドアを見つめ、ヴィクスは苦笑を漏らす。

「あいつ、無意識にしか"言葉"を使えねぇのか?」
「……メアへの言葉は確実に力を発揮していたな。相手を説得する力は強いようだ。退けるとなると、話は別だが」
「あんな目と言葉で言われたら、従うしかないじゃんか……ずるいよミシェルは」

1 2 3 4 5 6 7 8 9



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -