まだ日が出ているうちならナイトウォーカーに襲われる心配はない、と入った細い路地。人も少ないその狭い空間に響くのは自分の足音だけかと思いきや、ミシェルの予想は外れていた



−−−−ザッザッザッ


 自分以外の足音が、数人分。最初は自分と同じようにこの路地を近道として利用する人の足音だと思ったのだが、ミシェルが試しに歩くスピードを落としてみると、その数人分の足音もスピードを落とし、逆に少し早く歩いてみると、その足音も追いかけてくるように急ぐ。

(まだ人なだけ、マシなのかな・・・)

 少し不安だが、正体の分からない何かに追われた経験のあるミシェルからすれば、人間につけられることはあまり恐怖にはならなかった。いざという時には走れば良い。と、ミシェルはあまり警戒もせず、逃げる事もせずにそのままのペースで歩き続ける。だが、少しずつその足音が近づいてきているような気がしてきた。さすがに不安になったミシェルが振り返ろうとした時、シャツの襟首を思い切り引っ張られる。

「ぐ、わっ!」

 後ろから引っ張られることを想定していなかったミシェルはそのまま尻餅をついてしまう。訳が分からないまま顔を上げると、同い年くらいだと思われる大柄な男が三人、ニヤニヤしながらミシェルを囲むようにして立っていた。

「な、何かご用でしょうか・・・」
「おいおい、余裕だなぁ?」
「分かってんだろ?金出せ、金」
「お、お金なんて持ってませ、」
「うっせぇ!いいから出せってんだよ!」

 ミシェルの言葉を遮り、男の一人が大声をあげた。それに触発されて興奮したのか、残りの二人も声を荒げる。胸倉を捕まれ、無理矢理立ち上がらされた。壁に叩きつけられ、頭を強く打つ。

「いっ・・・!」
「テメェが大人しく金だしゃあ手荒な真似はしねぇんだよ。おい、俺が押さえてっから財布探せ」
「ちょ、やめてください!」
「うっせぇ!声出すな!」

 暴れようとしたミシェルの頬に、男の拳が入る。頭が真っ白になった直後、鼻の下から顎にかけて、温かいものが伝うのを感じた。

「次暴れたら鼻血どころじゃすまねぇぞコラ」
「お、あったぜ財布」
「なーんだ、意外と中身入ってんじゃん」

 財布から抜き取った紙幣をピラピラと振りながら、男たちは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ちょうど昨日がバイト先の給料日で、おろした貯金を財布に入れたままだったのを後悔するのと共に、ミシェルの中に沸々と怒りが沸き始める。

「おい、なんだよその目。やんのか?」
「どんだけ殴られたいんだよお前」

 胸倉を掴んでいた手を離し、男たちはポキポキと指を鳴らす。勿論ミシェルは殴りあいで解決するとは思っていなかった。だが、これで終わりではなく、別の日には他の人が同じように金銭を巻き上げられるのだろうと考えると、どうしても負けたままではいられない。昔から、こういった曲がったことは大嫌いだった。鼻血を拭い、男たちを真っ直ぐに見据える。勝算は、ひとつだけあった。

「なんだ、まじでやんのか」
「聞きなさい。僕を殴りたいなら、最後まで僕の言葉を聞いてから殴りなさい。僕のお金を返せとは言わない、欲しいなら持っていけば良いでしょう。ですが、これで最後にして下さい。他の人を脅したりしてはいけない。もし見つかってしまったら、貴方たちは捕まってしまうんですよ?そんな賭けをしてまで、人のお金を奪うことに価値はありません。まだまだやることは他にあるはずです。お願いですから、これで、最後にしてください」

 ミシェルは、男たち全員の目を見ながら、背筋を伸ばして言い切った。ポタッポタッ、と、顎から地面へ鼻血が垂れているが、そんなことは気にならない。男たちが途中で殴りかかってくる事もなかった。むしろ、ミシェルの言葉を聞き終わった三人は、チラチラと顔を見合わせる。

「な、なぁ・・・」
「多分、俺ら考えてる事同じだぜ・・・」
「あ、あぁ・・・行こう・・・」

 さっきまでの殺気立った勢いもなく、むしろ怖じ気付いた様子の男たちが、ミシェルに背を向ける。去り際に、ミシェルから奪い取った紙幣を手放した。
 ヒラヒラと舞う紙幣と、再び静かになった路地。厳しい顔でしっかりと立っていたミシェルは、操り人形の糸が切れたように、その場にヘナヘナと座り込んだ。

「あー・・・怖かったぁー・・・」

 今更ながらにズキズキと痛みだした鼻と頬を押さえ、深く息を吐く。自分が本当に"翼を持つ者"なら、と行動にうつしてみたのだが、まさか本当にあの男たちがああいう態度になるとは思わなかった。きっとこの声は、今のように使うのが正しいのだろう。そして使いこなせることが出来るようになれば、もっと大きな結果を残すことも可能なのかもしれない。逆に言えば、もっと大きな惨事を残す事にもなる。もし先ほどの怒りのままに言葉を発していれば、あの男たちは今頃どうなっていただろうか。

「よし」

 明日、大学が終わり次第すぐに、地下室へ行こうと決めた。


1 2 3 4 5 6 7 8 9




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -