(このSSは、いつもお世話になっている、ゆたんぽさんの作品『死神のトリセツ』とのコラボ作品です)



『天使と死神の狭間』


 かれこれ数十分、ミシェルは同じ廊下を行ったり来たりしていた。自分が少し方向音痴なのは分かっていたが、まさかここまでとは。生憎、建物の地図は無い。他の人に助けを求めようと声をかけるものの、全ての人に同じ断り方をされていた。

「I can't speak English」

 そう、ここではミシェルは"外国人"というカテゴリに分けられていた。確かに此処は、日本、という異国の地だが、ミシェルが日本に来た理由は観光ではなく短期留学だ。今いるこの場所は大学で、勿論ミシェルは、他の学生に日本語で話しかけている。にも関わらず、「英語は話せない」と足早に立ち去られ、ミシェルの心は留学1日目にしてすでに折れかけていた。

「あと10分で講義が始まってしまう…」

 深々とため息を吐き、肩を落とす。その拍子に、抱えていた教科書やらノートやらがバサバサと落ちてしまった。物を落とす事に慣れっこのミシェルは、その場でしゃがみ込み散らばった物をかき集める。他の学生はそれを見て見ぬフリで、助けてくれる様子は無かった。ここまでくると悲しくなってしまう。だが、そんなミシェルに歩み寄る学生が、1人いた。

「これ、落としたぞ」

 ミシェルは弾かれたように顔をあげた。話し掛けられただけではなく、その言葉が英語だったからだ。目の前には、クセのある黒髪に、ミシェルと似た黒縁眼鏡、少し淀んだ目がクールな印象のある男子学生だった。ペンを差し出し、その学生はもう一度口を開く。

「アンタのだろ、これ」
「あ、はいっ。ありがとうございます!」

 立ち上がり、ペンを受け取る。その学生は、日本人にしては流暢な英語を話した。思わず英語で、ミシェルは問いかける。

「あの、民俗学の教室はどこですか?」
「あぁ…それならこの上の階。一番奥の教室」
「ありがとうございます!」

 嬉しさのあまりに、ミシェルはガバッとハグをした。その男子学生は小さく驚きの声をあげ、ミシェルはすぐに離れると、慌てて教室へと向かう。その場に取り残された男子学生は、怪訝な顔で首を傾げた。

「なんか、変な奴」





 大学の構造にも慣れ、ミシェルは迷子になることも無くなった。だが、彼はよくキョロキョロと辺りを見回していた。あの日、ペンを拾ってくれた学生を探していたのだ。だが、1週間を過ぎても、彼の姿を一度も見かけなかった。学生ならば少なくとも1週間に1日は必ず通学しているはずだが、講義で見かけた事もなければ、昼休みに食堂にいる姿を見た事すらない。

(まさかこの大学の学生では無かった…のかな)

 ミシェルは、あの時急いでいたとはいえ、きちんと感謝の言葉を言えなかった事を後悔していた。もし再び会えたなら、お茶の一杯でもご馳走したい。



 講義が終わると、ミシェルはいつも大学の図書館へ向かっていた。毎日毎日、本を何冊も借りては、夢中になって読み耽る。その習慣は、日本に来ても同じだった。今日も分厚い本を何冊も抱え、ミシェルは空いたテーブルが無いかと館内を見渡す。何故か今日は混んでいて、空いた席は1つだけだった。隣の席に座っている学生が机に伏せて寝ているため、そっと、机にカバンや本を置く。席についた時、ふと、隣の学生に目をやった。

「…ん?」

 見たことがあるような、黒縁眼鏡が置いてある。学生は、クセのある黒髪だ。まさか、と顔を覗き込もうとした、その時だった。

「両刃…っ!」

 その学生は突然叫び、顔を上げた。あまりに勢い良く顔を上げたため、それを覗き込もうとしていたミシェルは彼の後頭部で鼻を打つ。もちろん、ダメージは顔を上げた男子学生にもあった。

「い……っ!!」
「いっ…て!」

 静かだった図書館に、2人のうめき声が響く。他の利用者に白い目で見られてしまった。

「いってぇ…なんだよ…。あ、アンタ、この前の」
「あ、やっぱりあなたでしたか!」

 やっと見つけられた!とミシェルは目を輝かせる。ここでは話が出来ないので、2人は一旦図書館を出た。

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