自宅へ転がり込み、息も荒いままベッドへ倒れ込む。シェイドやメアの言葉が何度も脳内で再生されてしまう。それと同時に、あの日の交通事故の事も思い出してしまい、嫌な汗が止まらなかった。

(こんな事なら、今までの普通の日常で良かった。つまらないままで、良かったのに…)

 ネガティブな思考が止まらない。混乱のあまりに涙まで出てきてしまう。


――――コンコン

 誰かがドアをノックする音でハッとした。正直なところ、今は来客などどうでも良かったが、一応ドアへと向かう。開けることはせず、ドア越しに声をかけた。

「……どなたですか」
「ミシェル、俺だ」

 その声はヴィクスだった。覗き穴から伺うと、外出用のローブを纏ったヴィクスが立っている。開けようかと迷ったが、ドアノブに手をかける前に、ヴィクスが口を開いた。

「開けなくても良いから、聞いてくれ。ミシェル、お前の声は天使の声だって、マスターは言ったよな。お前のあの反応を見ると、あんま良くねぇ心当たりがあるんだろ…?けど、その声は、お前の言葉は、絶対に人を殺したりしねぇ。傷つける事はあるかもしれねぇけど、そっからはちゃんと良い方向に向かうから。その声を上手く使えるようになれば、傷つけることもなくなる。そう決まってんだ」
「……」
「…んじゃ、俺は帰るから…。くれぐれも、一人でネガティブになんなよ。…おやすみ」

 反応がないかと、ヴィクスはその場で少し待ってみたが、中からは何も聞こえない。自分の言葉を聞いていてくれたかどうかも分からないが、それも仕方の無いことだろうと、踵を返す。その直後、背後でカチャリと、ドアの開く音がする。振り返ると、ミシェルがドアを開け、涙を拭いながら笑みを浮かべていた。

「立たせたままで、すみません。どうぞ、入ってください」
「…いいのか?」
「えぇ…。もう、落ち着いたので」

 ミシェルがそう言うなら、とヴィクスは招かれるまま中に入る。

「狭いですが…どうぞ座ってください」

 アパートの一室を借りたミシェルの自宅は、生活に必要なものしか置いていないような質素な部屋だった。勉強机だと思わしき机の上には、レポートが広がっている。そして、そんな部屋の割に大きな本棚と、その中にきちんと並べられた様々な本が印象的だった。ふと、地下室でミシェルが広げた、賛美歌の本が目にとまる。

「あ、これ」
「えぇ、地下室にあったものと同じです。歌ったりは、あまりしませんが」
「俺は、あんまり教会に行ったりしねぇから、詳しくは分からねぇけど、でも、すげぇ綺麗だと思ったぜ、ミシェルの歌声」
「…そう、ですか。でも、この声は、それだけでは無いんですよね、人を傷つけることもある」
「今まで、何かあったのか?その声が原因で、人を傷つけちまったことが」
「えぇ、シェイドさんや、あなたと初めて会ったあの日です…」

 シェイドに会う前、悪魔でない何かに襲われる前、気が立ってしまい、「天罰が下る」とつぶやいた直後、相手が車に跳ねられた。その瞬間はまだ鮮明に覚えているミシェルは、自らの体を抱くように腕を組んだ。

「その場からすぐに逃げてしまったので、あの人の安否は分かりませんが…もし、もし…っ」
「ミシェル、ミシェル落ち着け、大丈夫だから、絶対そいつは生きてっから!」
「どうして、そう言えるんです…!?」
「マスターが、結構前から言ってたんだ。天使の声を持つ人間について。それってよ、ミシェルが初めてって訳じゃねぇんだと。何年かごとに、そういう運命の奴が生まれてくるらしい。マスターは理由があって、普通の人間よりは長く生きてるから、今までの”翼を持つ者”も、何人か見てきたらしいんけどよ、マスター曰く、その声は人を傷つけることはあっても、絶対に殺しはしねぇし、その傷は良い方向に向かうってよ。だから、ちゃんとマスターの話を聞けば、お前のその声についても、もっと色々分かると思うぜ。無責任に聞こえるかもしんねぇけど、マイナスな方向には考えんな。な?」

 そう言って、ヴィクスはポンポンとミシェルの肩を叩く。まだ完全に安心できた訳ではないが、きちんと話を聞き終わる前に地下室を出てきてしまったミシェルとしては、あの話の続きを聞く必要があった。改めて目元を拭い、深く息を吸って、吐く。絶望するような事は何もない、少なくとも、まだ。


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