ようこそ貴方の世界



 アー!気に食わねェ!





『ようこそ貴方の世界』





 お前の”食事”は散らかしすぎる、というフロストの言葉を、咀嚼しながらいつも思い出す。それは単に食事という行動として汚いという意味なのか、それとも、

「ぶち撒けすぎ、かァ?」

 細い路地とはいえ横幅いっぱいに広がった内蔵やら手足やら今となってはどの部位かもわからない肉の塊を見渡しながら、ミミックはブチブチと肉を手で裂いた。毛細血管やら神経やらが切れることの音がたまらなく食欲をそそる。

「でも、綺麗に食えッつう方が無理なんだよなァ」

 食事にはいつも夢中になってしまうタチで、基本的に周りのことが見えていない。もちろん目撃者やら警察には最低限の注意をしている。が、この日は少し、”食材”が上質すぎた。

――ドサッ

「ッ!」

 真後ろで物音がしたと同時にサッと振り返る。そこにはカタカタと震える人影があった。

 ”食事”を見られたのは初めてだった。目撃者はもちろん、消さなければならない。しかし、その人影はミミックが立ち上がったのを見ると、表通りの方へ駆け出してしまった。

(ヤベッ……!)

 全身血まみれのまま表通りの方へ追いかけることは出来ない。恐怖で足が動かないのが普通だが、運が悪いことに今回の目撃者は、とっさの判断が出来る人物だったようだ。だが、目撃者は残してはならないものを残していた。

(バッグ、か)

 先程の物音はこのバッグを落とした時のものだったようだ。バッグを拾い上げ、中を漁る。

(デザインと持ち物からして女……チッ、財布はねェな……ン?ハンカチ、か)

 ヒラリとバッグからおちたそれを地面に落ちる前にパッとキャッチする。財布は入っていなかったが、ミミックにとってこれが十分な身分証明書だった。
 鼻を近づけ、スン、と嗅ぐ。化粧品の匂いや、少し汗の匂いもした。

「若い女だな…煙草も薬もやッてねェ、か。まァ、こンだけハッキリ匂いが分かりャア十分だ…後で消せばイイ」

 めんどくせェ、と眉間に皺を寄せながら、まずは食事の後片付けをするため、路地の闇の奥へと消えた。


 ―翌朝―


 時代の処理をすませたミミックは、大きなあくびをしながら”Evil”の本社へと戻ってきた。夜の仕事が始まるまで一眠りでもしようかと考えるその背中を、明るく呼び止める者が2人。

「せんぱーい!」
「おっはようございまーす!」

 それはレフとライだった。まだ寝ちゃいねぇのにおはようもへったくれもあるか、と振り返ったその目の前には、双子の他に、もう一人。

「なンだ?その女」
「この人紹介しようと思ったんすよ!」
「ココに入会希望らしいっす!名前なんだったっけ?」
「あ、えっと、×××……」
「入会希望だァ?」

 双子の背後に立っていた人物を、そこで初めてしっかりと見る。その直後、先程までの眠気が吹っ飛んだ。

「テンメェ…!」
「え、あ……!」

 ×××と名乗るその女性はミミックが凄んだのを見ると、パクパクと口を動かし怯んだ様子を見せた。ミミックは彼女を睨みつけながらズンズンと近づき、双子を押しのけ目の前にたつ。少し身を屈ませ、首筋に顔を近づけた。スンスンと鼻を鳴らした途端、睨む目に更に力が入る。

「やッぱりテメェだな…コッチ来い…!」

 荒々しく×××の手首を掴むと、大股に本社へと入っていった。一連の流れを呆気にとられ見ていた双子は互いの顔を見合わせ、首を傾ける。

「ミミック先輩どうしたんだ?」
「わかんねぇ。スゲェータイプの女だったとか………?」





「あ、あのっ、待って、ちょっと!」
「ウルセェ、黙ッて付いて来い」

 長身のミミックの早歩きに、×××は駆け足で必死について行く。武器庫と書かれた部屋に連れ込まれたと思えば、閉めたドアの前に立てと指示された。気持ちを落ち着かせるためか、ミミックは×××に背を向けたまま肩で息をしていた。何も言わないので後ろから声をかけようと×××が唇を開いた瞬間、ミミックは振り返ると同時にバンッ!と激しく音を立ててドアに手をついた。至近距離で見る人工的なほど明るい緑色の瞳は、冷たく瞳孔が細められている。

(爬虫類と、同じ)

 昨夜人を食べていた相手を目の前に、×××はミミックの目を見つめぼんやりと素直な感想を抱いた。

「……何しに来た」
「あっ、えっと……」
「脅しか?金でもせびりに来たかァ?逃げもしねェでノコノコ本社まで来やがッて……目当ては旦那か?武器とか隠してンじャネェだろうな……」

 ブツブツと呟きながら視線を落とすと、×××の身体をボディチェックし始めた。ポケットに手をつっこまれたり腰を撫でられたりした辺りで、慌てた×××は声を上げる。

「ま、待って!脅しだとか金だとかは関係なくて…まだ、警察にも通報してないし、するつもりもないよ。武器もないし……」
「んァ?だッたらなンだ」
「さっき双子が言ってた通り、この組織に入れて欲しくて来まし、た……」
「ハァ?マジで言ッてたのか?」
「……………き、昨日、ミミックの”アレ”を見ちゃったから、殺されると思って…目撃者を消すのは警察にバレちゃダメだからでしょ?でも、この組織の人間に見られたなら問題ない。だから、私はここの人間になる」
「フゥン、でも信じられねェな。すでに警察にチクッてて、証拠集めるために潜入捜査してるって可能性はもあるだろ」
「せ、潜入捜査をするならすでに顔がバレてる私じゃなくて全く無関係な人を寄越すよ!せっかくの貴重な目撃者なのに、すぐに殺されちゃうかもしれないでしょ」
「ンん……」
「信じられないかもしれないけど、でも、信じて…ミミック」
「ンー………ん?ちョッと待て、テメェ、なンで俺の名前知ッてんだ?」
「あ、そ、それが……実は私この組織の”ファン”で……幹部の名前とか、本社の場所とか、入るためにどうすればいいかを少しだけ知ってるの…だからあの双子を探し出して、声をかけた」
「ファンだァ?初めて聞いたぞそンなの」
「実はファンクラブとかもあってね……じゃなくて!とにかく、私はここのファンだから、この組織が警察にバレてみんな逮捕されるとか絶対に嫌なの。だから通報なんてぜっっったいにしないし、仕事も頑張るから……だから、」

 殺さないで。最後に加えられたその言葉は微かに震えていた。ミミックはようやく×××から離れると腕を組んで考え込む。昨日現場を見られた人間をそんなに簡単に組織に迎えていいものか、だが、本社の場所も幹部の名前も入り方も知っている彼女を野放しにするよりかは、監視下に置いた方が得策ではないか?そしてなにより、手中にいればいつでも、

(処理できる)

「………わかッた!テメェを入れてやる。付いて来い」

 パン、と手を叩くとミミックは×××を押しのけドアを開けて出ていった。×××は慌ててその後を追う。ずっとファンだったこの組織に入れたこと、そしてなにより、殺されずにすんだことを喜んだ。

「ミミック、あ、ありが、」
「ただし!」

 振り返ると、×××の顔を指差す。

「俺の目ェ届くところにいろ。旦那に迷惑になるようなこと、勝手なことをしやがッたら……」

 動向の細い目が、目の前まで迫る。互いの額が触れるか触れないかまで近付くと、低く、なんの迷いも冗談も含まない声色で告げた。

「テメェを殺す……わかッたな……?」
「は、は…い……」

 ×××が頷くと、ミミックは体を離し、初めての笑みを見せた。手を差し出し、今までのことが無かったかのように明るく言った。

「処理班幹部のミミックだ。テメェは今から俺の部下になる、よろしくな、×××!」

 骨ばった大きな手を握り返し握手を交わしながら、昨夜は誰かを引き裂いていたこの手が、今は自分の命を握っているのだと、×××は覚悟を決めた。




『ようこそ貴方の世界』fin

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