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長めの襟足から覗く白い項に触りたい。やっぱり見ているだけじゃ物足りない。だけど、前を歩く広い背中は無言のまま。
例えば怒っているだとか呆れているだとか、同じ無言でも感情が見えれば対処のしようはあるはずなのだが、まるっきり感情を押し殺されてしまうと私はその背中をただ黙って追う事しか出来ない。

「ねえ、花宮くん。怒ってる?」

花宮くんは黙っている。つかず離れずの距離を必死に保ちながら、私は影踏みの要領で花宮くんの背中越しに声をかける。

「それとも呆れてる?邪魔?面倒くさくなっちゃった?」

花宮くんは肩にかけた鞄から何かを取り出す。これはまさかの携帯だ。暇潰しに良く弄っているそれの出番という事は、この場ではすでに私の存在に構っている暇は無いという事だ。思わず泣きそうになる。

「……ねえ、花宮くん。ごめ」
「隣のクラスの奥田。女バスのヤツ。」

奥田さんとは、隣のクラスの奥田さんである。彼女は確かに女バスに所属している。そして先程まで花宮くんと楽しそうにおしゃべりをしていた奥田さんであり、私はそんな奥田さんと花宮くんに一方的なやきもちを妬いては花宮くんの話も聞かずに不平不満を並べ立てた。私の醜い嫉妬心が剥き出しになっている様をまじまじと見ていた花宮くんは怒りもしなければ呆れもせず、ただただ実に冷ややかな表情だったのです。さすがに我に返ったどころか肝を冷やした私は、かくかくしかじか今に至る。もう奥田さんの事はいいから、どうか愚かな私をお許しください。

「奥田、あいつ山崎のこと好きらしいぜ。」
「………は?」
「実は1年の頃から好きだっつーから、色々と相談乗ってんだよ。」

え、あの奥田さんが?才色兼備の奥田さんが、あの山崎くんを?

「なにそれ面白い!」
「だろ?」

相変わらず花宮くんの表情は見えないけれど、少しだけ歩調が緩やかになったのか先程よりも距離は縮まっていて、駆け寄ればその隣に並べそうだ。

「いやに期待寄越されちまってんだよ。」
「え、そ、そうなの?」
「オレには名前ちゃんがいるから安心なんだと。……あー、メンドクセー。」

どこか投げやりにそう呟く花宮くんの背中が、何故だか愛しくて仕方がない。我ながら現金で、面倒臭い女だと思う。とりあえず今は、花宮くんの隣はおあずけのまま。頬を擦り寄せた背中も、この両腕に収まりきらない身体も。奥田さんにも山崎くんにも届かない距離で、ぜんぶぜんぶ独り占めしてしまいたい。


title/寡黙



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