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難しい問題だったらしい黒板の数式を、花宮くんは涼しい表情であっという間に解いてみせては黒板に背を向ける。先生からの賞賛の声にも女子生徒からの憧れの眼差しにも男子からの妬ましげな視線さえも、一身に受ける本人はまるで他人事のように真っ直ぐ前だけを見据えている。私の隣の席で足を止めると、今まで伸びていた背中が猫みたいに丸まった。隣の席の花宮くんは、何から何まで完璧である。
開いたままの教科書の上で肘を着いて目を伏せる彼の横顔は、クラスメイトの中でも特別に大人びて見えた。

「ねえねえ、花宮くん。」
「…ん?」
「すごいね。先生驚いてた。」
「予習してたところがたまたま応用で出てきただけだよ。」

お決まりのセリフにほんの少しの下心を忍ばせて声を潜めると、花宮くんは視線だけで私を一瞥。そしてテンプレートのような愛想笑いを浮かべてみせた。
彼が予習なんてするタチじゃないのは何となく知ってるし、完璧そのものな笑顔がとんでもない嘘で塗り固められているのも知っている。ただ悔しいのは、彼のそんな笑顔に簡単に騙されて胸を高鳴らせてしまう自分の性分なのだ。

「それでも花宮くんは、私の憧れだよ。」

呟いてようやく恥ずかしさというものがじわじわ込み上げてきて、慌ててシャーペンを握り直し黒板へと向き直る。ちょっとした会話のつもりだったはずが、気付けば新しい公式と説明文が追記されていた。再びノートに書き込もうとすると、不意に隣でぎしりと椅子がしなる音がする。
確かに感じる人の温度が僅かに近付いては、もどかしい距離を保ちながら乾いた呼吸音のみを伝わせる。何故だか隣を向く事が出来ない。

「名字さん、気を付けて。それ引っかけ問題だから。」

そっと潜められた声はまるで内緒話を楽しむかのように、一つ秘密を隠して笑った。


2014/02/22

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