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「ハッピーバレンタイン!」


マヌケな程に平和ボケした声と満面の笑みで、家の玄関のインターホンと共にそいつは突然やって来た。
差し出された箱を取りあえず受け取ると、差出人であるはずのそいつはオレの両手が塞がったのを良い事に受取人本人の目の前で包装紙を破り捨て箱を開け始める。
中に詰まっていたのはやはりチョコレートで、親指の爪程度のサイズのトリュフが申し訳程度にいくつか並んでいる。有名店とコンビニのコラボらしいそれは、いつか見た雑誌で掲載されていたパティシエの物だろう。無残にも破り捨てられた包装紙と共に、印刷された使い回しの顔写真がこちらを見て笑っていた。


「わあ、さすがプロ!美味しそうだね。」

「おい。」

「ん、なに?」

「これ一応聞くけど、バレンタインのチョコだよな。」

「当たり前でしょ?どれもこれも甘そうなのばっかりで、花宮くん用のチョコ探すの大変だったんだから。」


念のために指を差して確認すると、その指をとてつもない力で握り潰しながら彼女は丸く目を見開く。心外だと言わんばかりに唇まで尖らせる辺り、悪意や嘘偽りはなく、ただ単純にバレンタインの行事に乗っかってみただけらしい。それでも男としては、有名店とコンビニのコラボという絶妙な掛け合い――要するに、物は言いよう。上手く言いくるめられているような、何とも複雑な気分になる。


「オレ用って、他にも買ったのか?」


言われて始めて無意識のうちに彼女の腕へと視線を落とすと、揺れるコンビニ袋がくしゃりと形を変えて音を立てる。さして気にした様子もなく彼女は袋の中身を手探りで確認しながらも、ふと表情を緩ませては何の変哲もない板チョコを取り出して見せた。


「うん。探し回ってたら私も欲しくなって買っちゃった。」

「甘そ……。」

「だから花宮くん用の探してたんじゃん。」


それもそうかと素直に納得しながら、1枚100円程度で買える板チョコを嬉しそうに握り締める彼女 の指先が寒さでほんのり赤く染まっている事に気が付いてしまう。取りあえず、取りあえず何の下心も無いが、彼女の冷たくなった手を引いて部屋に上がらせる事に決めた。


「お前さあ、手袋くらいしろよ。」

「花宮くんちに寄ったらすぐ帰るつもりだったんだもん。」

「いいからチョコ食ってけ。そんで食ったらすぐ帰れ。」

「え、いいの?やったー!」


こいつ、オレにチョコを渡す名目でただ自分がチョコ食いたいだけじゃないのか。胸に募る不信感に蓋をするように部屋のドアの鍵を閉めると、彼女は少しだけオレに視線を向けたような気がして、一瞬ドキリとする。


「いただきまーす。」


耳障りなアルミの音を響かせながら顔を覗かせる甘ったるい匂いに、彼女の表情が綻ぶ。食べやすく分かれたブロックの形に割る事もせず、小さく開いた口がチョコにかぶりつく。ぱき、と小気味良い音がするのをただ見つめていると彼女が不思議そうに小首を傾げた。


「花宮くん、食べないの?」

「ん、……ああ。いただきます。」


促されるままに貰ったばかりの、いかにも高級さを売りにしたような小箱に手を伸ばすと、小さなトリュフを一粒つまんで口内に放り込む。彼女の言った通り甘さ控えめなビターチョコは、香り付けのリキュールと絶妙に溶け合って舌の上で蕩けた。いつまでも残らない甘さと苦味は確かに有名店と呼ばれるだけあって、自然と次も手が伸びるような後味だ。
今まで食べた中でも好みのチョコレートだと、そう思った。ちらりと横目で盗み見た彼女の真っ赤な舌が、薄い唇をぺろりと舐めるまでは。確かにそう思っていた。


「…ねえ、花宮くん。これ甘いよ?」

「知ってる。」

「食べたいならあげるから、ね?」

「こっちでいい。」


彼女の口端に再び口付けようとした途端、拒むよりも優しく胸元を押し返される。思わず眉を顰めるオレを見るなりくすりと瞳を細めると、甘ったるい唇を歪ませて笑った。


「私はイヤ。花宮くん、苦いもん。」


ああ、面倒くせえ。ダルい。それでも手を伸ばさずにはいられない。女はチョコレートで出来ていると言われれば、今なら何の疑いもなく飲み込んでしまえそうな自分に苦笑が漏れた。


「明日が休みで良かったな。すぐに帰らなくて済むぜ?」


思い切り耳朶を噛んでやると、誘うように唇を開いて鳴く彼女に思考も溶け出す。日付が変わるまで、あと数時間。


2014/02/14

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