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花宮くんとの久し振りのデートは新宿でお買い物をして、美味しいパスタとケーキを堪能した。花宮くんも何だかんだ言いつつ付き合ってくれて、私が美味しいと言ったケーキを一口だけ食べてみたりもしてくれて。お腹も時間も大分落ち着いた頃合、花宮くんは飲んでいたコーヒーカップをソーサーに戻す。

「そろそろ帰るか。」
「うん、お腹もいっぱいー。」
「名前、ホント良く食うな。」
「だってここのパスタ、すごく美味しいんだもん!」
「ケーキは甘過ぎだろ。まあ、コーヒーは美味かった。」
「花宮くんがおかわりするって珍しいよね。」

会計を済ませて店を出ると、花宮くんの手が私の手へと伸ばされる。不意に重かった荷物がひょいといとも簡単に持ち上げられた。一瞬、手を繋ぐのかと思ってドキドキしたのバレてないといいな。駅までの道には沢山の人達で溢れている。クレープを食べる中学生らしき女の子達や、スマホをいじりながら音楽を聴いている男の子。それに私達みたいな恋人。辺りを見渡せば私達なんて埋もれてしまいそうな存在で、そんな存在に目もくれず楽しそうに笑っている。平日とはがらりと表情を変えるこの場所で、私達は一体どんな風に見えているのだろう。
そんな事をぼんやりと考えながら隣へと視線を向けると、そこにいるはずの花宮くんがいない。少し余所見をしただけで、はぐれてしまったらしい。長身の背中もこの人混みの波ではすっかり見失ってしまった。

「えっと、こういう時は…むやみに動かず電話で確認――」

やけに落ち着いた自分の思考にはしっかり花宮くんの言いつけが染み込んでいて、思わず口元を緩ませてしまう。鞄から取り出した携帯電話で履歴を呼び出すと、一番最初に並ぶ番号に着信をかける。1コール2コール3コールと呼び出し音が鳴り続けるも、携帯の持ち主は一向に出る気配はない。7コール目の繋ぎ音が聞こえると、諦めて着信を切って携帯を閉じた。…これは困った。花宮くんには重い荷物も持たせてしまっているのに。上手く道に避けられていると良いのだが。もしかしたら機嫌が悪くなって、怒っているかもしれない。
不機嫌に顰められた眉根を思い浮かべて、いよいよ焦燥感を抱き雑踏を見回す。そのまま歩を進めたところで、腰の辺りに柔らかいものがぶつかった。目の前には慌てた様子の夫婦と傍らに手を惹かれた小さな男の子が立っている。夫婦はすみませんと頭を下げて、小さな男の子の身体を守るようにして去っていった。
その後ろ姿をぼんやりと見送っていると、不意に強い力で腕を引っ張られる。驚いて謝りかけた言葉はすぐに喉の奥へと引っ込んで、代わりに今一番会いたかった人の名前を恐る恐る呟いた。目の前で髪をくしゃくしゃに乱しては息を切らすその姿が、あまりにも物珍しくてまじまじと見入ってしまう。

「――花宮くん…?だ、大丈夫?」

私の言葉を聞いた途端、花宮くんは僅かに眉根を寄せてはすぐに呆れにも疲労感にも安堵感にも似た息を小さく一つ吐いて私の身体を引き寄せる。花宮くんの大きな手は少しだけ汗ばんでいて、ようやく私は申し訳ない気持ちで一杯になり居たたまれなくなってしまう。

「ごめんね、花宮くん!荷物持たせたままで…。」
「それは、いい。」
「……あっ、電話。電話も何度かかけたんだけど、繋がらなくて。」
「電話?」
「うん、そう。」

人の少ない脇道に逸れてひとまず体制を整えながら、花宮くんは無言のままジャケットのポケットから携帯電話を取り出す。履歴を確認する花宮くんの表情が更に険しくなり、私の心臓も飛び出しそうになる。

「あの…もしかして気付かなかった?」
「………。」
「そ、そうだよね。あんな人混みの中で、携帯チェックなんて出来ないよね!」

気まずい沈黙の中、携帯を仕舞いながら花宮くんが「ワリィ」と一言。呟かれた低い声に思わず身体を強張らせた。

「さっさと帰んぞ。」
「……あっ、待って!」

荷物を持ち、再び歩き出す花宮くんの後を慌てて追い掛けると隣に並ぶ。
花宮くんの横顔をちらりと見ると、他人から見れば怒っているようにしか思えない表情をしている。実際のところ、不機嫌でもなければご機嫌でもない。どちらかといえば何か考え事をしている時に近いような、そんな表情。

「ねえ、花宮くん。もしかして、少しは心配してくれてた?」

花宮くんは答えず、無言のままだ。例え自惚れであったとして、肯定でもなく否定でもないその無言が何故かやたらと嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。

「花宮くんが見付けてくれて、嬉しかったなあ。今度は私が見付けに行くからね。」
「…んなのゴメンだ。」

そっと不器用に繋がれた手は、見失わないようにずっとずっと繋いでいよう。

「大丈夫だよ。恥ずかしがらなくたって、みんな私達のことなんか気にしてないんだから。」
「うるせえ、バァカ。」

ちっぽけな存在の私達は、手を繋ぐだけで精一杯なのだ。この手から滑り落ちてしまわないように、すり抜けてしまわないように、見失ってしまわないように。小さいからこそ、いつだって大事にしていたい。
そう教えてくれるのは紛れもなくこの大きくて不器用な手だという事を、この溢れるような人達の中で私だけが知っている。私だけが知っているのです。


(2014/03/15)

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