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普段は見ているこちらが疲れてしまう程にしっかりきっちり者の花宮くんも、学校も部活もない休日となれば話は別だ。まるで箍が緩んだように、ただ静かに繰り返される呼吸とそれに合わせてゆっくり上下する身体が柔らかそうなシーツに埋もれて沈んでいる。
キッチンを借りて用意した食事の見た目はそこそこ。それでも作り立ての香りと立ち上る湯気はひと仕事を終えた私にそこそこの満足感と達成感と自信を与えてくれるには十分で、ちらりと見やった時計の時間を確認すると次の仕事に取りかかるべく花宮くんが就寝中のソファーへと失礼させて頂きます。

「花宮くん、はなみやくーん。」
「……ん、」
「ごはんの時間です。起きてくださーい。」

最初の内は遠慮がちに、無理をさせないように彼の肩を軽く叩いてみる。そうすると丸められた背中が僅かに伸びて、乱れた前髪の隙間から大きな切れ長の目が気怠そうに開く。うっすらと開いたままの目が瞬くのを見つめながら花宮くんの頬をつんつんと突付いてみると、眉根を寄せて私の手首を掴んだ。
思うよりもしっかりした手の力に驚いていると、そのまま引き寄せられる。剥き出しになった手首に歯が立てられて熱い舌が這うと、くすぐったさに身震いしながらも慌てて身を引いた。睡眠を貪った後に性欲とは、恐れ入ります。

「ちがうちがうちがう。ごはんの時間だから。寝ぼけてないで、早く起きて?」
「……あ?…あー、もうそんな時間か。」
「そうだよ。冷めないうちに食べちゃお。」

ようやく身体を起こした花宮くんの手は未だ私の手首を掴んだままで、欠伸を一つしては目尻に涙を滲ませる。ちょこんと跳ねた襟足は、何だか子供みたいで可愛い。
ぎしりとソファーを軋ませて花宮くんが立ち上がると、上下黒色のスエット姿の花宮くんは大きな身体を引きずるようにして歩き始める。今度は花宮くんが私の手を引いてくれるので、私は大人しくその背中について行った。
グラタンとサラダ、スープと何品かのあり合わせが並んだテーブルに向き合って座る。僅かに身を乗り出した花宮くんのお腹が小さく鳴ったのを、私は聞き逃さなかった。

「休日のガキがやたら喜びそうなメニューだな。」
「休日の花宮くんは、おっきな子供みたいだもんね。」
「くだらねえこと言ってっと、全部食っちまうぞ。」
「いただきます。」
「いただきます。」

ぱちんと両手を合わせると、花宮くんもフォークに手を伸ばす。まだ熱いグラタンを口元まで持っていくと、小さく息を吹きかけて口内へと含んだ。

「これ食べ終わったら、リンゴ剥くね。」
「冷蔵庫にヨーグルトある。」
「リンゴにかけよっか。」

返事代わりのグラタン二口目を肯定と取って、次はどんな風にリンゴを切ろうかなんて考えている。
せっかくの土曜日は幼馴染のおやすみからおはようを見守り、食欲を満たしては過ぎていく。それが花宮くんと私の休日なのです。

「名前。」
「はい?」
「明日はどこか出掛けるか。買い物でも映画でも、お前の行きたいとこ考えとけ。」
「花宮くん。」
「あ?」
「花宮くんと過ごす土曜日、大好き。」

返事代わりに先程よりも大きな一口を頬張る花宮くんを眺めながら、明日はどんな服を着ていこうかなんて考えている。
世界の片隅のそのまた小さな部屋の片隅、時刻はPM19:20。
私は世界で一番幸せな土曜日を過ごしている。


(2014/03/01)

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