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オレは子供が苦手だ。理屈もへったくれも通じないし、辺り構わず喚き散らかすようなあの泣き声がまず生理的にムリ。それからガキって何でもベタベタ触るだろ。何を触ったかもわからねえ手でオレの服や手を引っ張るのは勘弁被る。

「名前ちゃん?」
「なあに?」
「そろそろお家、帰ろうか。」
「こどもあつかい、しないでくれる?」
「………。」

――前言撤回だ。クソうるせえガキよりも涎や鼻水にまみれたガキよりも、可愛げの欠片もないクソ生意気なガキほど苦手なもんはねえ。
柔らかな黒髪を揺らしながらつーんとそっぽを向く少女にかける言葉も思い付かず、ただ口端をひくつかせては呆然と立ち尽くすしか他なかった。面倒臭い事にならないよう努めて『優しいお兄さん』を演じておくのが後々にも得策だと必死に自分に言い聞かせて、気乗りのしない重い腰を下ろすとなるべく名前の目線と合わせるように上体を屈める。すると名前はびくりと小さな肩を跳ねさせながら僅かに身体を後ろに反らせる。

「約束の時間までにはお家に帰らないと。じゃなきゃお兄ちゃん、名前ちゃんのママに怒られちゃうんだ。」
「えっ…。ち、ちがう。おこられるのは私だもん。まことはカンケーないでしょ?」
「ううん、怒られるのはお兄ちゃんだよ。名前ちゃんの面倒をちゃんと見るって、名前ちゃんのママと約束したから。お兄ちゃんの責任になっちゃうんだ。」
「め、めんどうって…!」

ガキにこんな話をしてもどうせ理解しないだろうと高をくくったつもりが、一瞬だけ目を丸めて食いかかろうとしてきた子供らしからぬ自尊心と子供に似つかわしくない勘の良さや利口さを兼ね備えているところが他の子供とはどこか違ったコイツの特徴だった。すぐに視線をさまよわせてクリクリの目玉を伏せれば、思わずぎくりとする。どちらかと言えば大人げないのは確実にオレだ。

「ママ、おこるとこわい…し。」
「うん、でもね。名前ちゃんがイイコにしてくれたらお兄ちゃんも嬉しいし、ママも喜ぶよ。」
「……ほ、ほんとに?ほんとにうれしい?」

ぱちぱちと瞬かれる目が期待の眼差しを以てまじまじとオレへと注がれる。それに応えるように頷きながら片手を差し出すと、名前は何も言わずに指先を頼りない力できゅっと握った。ぐにゃぐにゃと柔らかい手を極力引っ張らないように歩き出すと、続いて小さな靴が後を追う。
オレとコイツの母親はいわゆる近所付き合いというやつで、次第に意気投合する内に勝手なあれこれに世話焼き放題。オレが通う高校と名前の通う塾が近いという便利さもあり、オレの部活が終わる時間に重なる時だけコイツの家まで送る約束を取り決めている。オレ達の都合などお構いなしに、母親はいい気なモンだ。

「オレなんかと帰るより、友達と一緒に帰る方が楽しくない?」

ちょっとした世辞のつもりが、ガキ相手に何の気を遣う必要があったのか。口にしてから別の意味で苦笑を漏らすと、へっと間抜けな声と共に何にそんなに驚いたのか信じられないとばかりに口を開けてオレを見上げる名前の真っ白な顔が、ぼんやりと照らされる街灯の明かりの中で徐々に赤く染まっていく。
何とも言えない無言の時間と、熱くなっていく指先にじわりと冷たいものが背中を撫でた。前々から思っていたが、コイツがたまに見せる表情や仕草や反応にどう応えれば良いのか解らなくなる。
可愛げのないすまし顔も、背伸びした言葉遣いも、解りやすい感情も。女そのものだと知りつつも気付かないフリを続けてきたオレを責めるでもなく惑わすでもなく、一生懸命に伝えようとしてくる小さな身体をどうしても突き放す事が出来なかった。不意にオレの手からするりと柔らかな温もりが解けると慌てて彼女の後を追おうとするも、すっかりいつもの平静さを取り戻した表情で名前がオレを見つめていた。

「…今はまだいいよ。だから、もう少しだけ待ってて?」

気が付けば名前の家はもうすぐそこで、名前の淡々とした。だけどどこか寂しそうな声を聞き取ろうとただ黙って耳を澄ます。彼女は少し満足したのか初めて見たようなくしゃりと綻んだ笑顔を浮かべると、不意にオレの腕を引っ張っては不安定に踵を浮かせながら頬にキスをした。

「おくってくれてありがとう。またね、真お兄ちゃん。」

何事もなかったかのようにひらひらと手を振ると、やけに大人びたスカートの裾が揺れては遠退いていく。閉まるドアが小さな背中を完全に隠してしまうと、ようやく絞り出した声は情けないほど掠れていた。

「……いつまで待たせる気だ。あのマセガキ。」


2014/02/23

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