ある冬の日

荘園のお屋敷から見える空は随分と重たい。先程から大粒の雪も舞いはじめて、これは今夜にむけて暖炉の燃料を多めに確保しておかなくてはならないだろう。紅緒はそう思い立つと、ハンターたちが住まう館の脇に併設されている倉庫へ足を向けた。

お世話をするのは好きだから、特に嫌だと思ったことはない。むしろもてなされるだけのほうが心苦しい。けれど逆に、上から命令されるだけの日々というのも味気ない。他人が敷いたレールを歩くのは退屈だと思う。
視界が全体的に鈍いので余計寒く感じられて、紅緒は無意識に両手をこすり合わせながら、薪がしまわれている倉庫の扉を開いた。鉄がよく冷えて冷たい。


「おや、紅緒。薪運びかい?」


重たく冷たい空色を、静かで暖かなものに変えてくれるような声だ。恋人だからということを差し引いても、元神父でもある彼の声は落ち着いていて心地よい。


「ジョゼフさん。あなたこそ…」

「さっき、ジョーカーから君が倉庫のほうへ向かったと聞いてね。恋人甲斐が無いなあ、手伝わせてくれよ。僕は君の手がかじかむのを見たくない」


言いながらジョゼフは、俵サイズほどに紐でまとめられた薪を両手に2つずつ持つと、ほら君も、と促してくる。紅緒は流石に持ちきれないので、両手に1つずつの薪を持っていくことにした。
たくさん持ってくれている彼の代わりに扉を締めて、そして館の扉の開閉も先回りしようと、必然的に足早になってしまう。


「そんなに急かさなくても、室内の連中は然程気にしないと思うよ」

「それもそうですね…」


もとの歩調に戻れば、先程までも悠々とついてきていたジョゼフの足もまた、紅緒と同じ歩幅に変わる。


「ところで、日本には暖炉はあるのかい?」

「うーん、どうでしょう。私の自宅にはありませんでした。好んで西洋の文化を取り入れてる方もいらっしゃいましたから、そういった方のお家にはあったのかもしれませんね」

「そうか。じゃあ冬はどうやって暖を取るんだい?」

「コタツや囲炉裏です。」

「コタツは知ってるよ、前に美智子さんが『コタツとミカンが無いんじゃ冬じゃない』って、謝必安くんのこと困らせてたからね。あれは恐ろしいものなんだろう…?」


ふんわりした空気をまとっていたのに、突如おばけでも見たような顔になったジョゼフに、紅緒は吹き出した。


「そうですね、コタツは恐ろしいです。」

「足を入れた者を逃すまいと、快楽へ誘い、眠りに落ちたら最後……謝必安くんと范無咎くんが言ってたんだ。うかつに僕たち西洋人が手を出して良いものじゃないって」

「ええ、謝必安さん范無咎さんの知識は正しいです。中国にもコタツがあるのかは知りませんが」


一体どうしてそんな説明をしたのかは分からないが、間違ってるわけではないので、紅緒は誤解は解かないで置くことにした。
薪を抱えて玄関ホールへ入ると、中と外ではやはり温度が違うことに驚かされる。寒いことに変わりはないが、それでも外気とは寒さの種類が違うのだ。風がないのも大きいように思う。

二人は並んでダイニングとリビングの暖炉に薪を置くと、各自の部屋に持っていくようにと書き置きを残した。足りなくなりそうなら、誰かが自分で取りに行くか、はたまた紅緒を呼ぶことだろう。


「部屋に戻ったら、この前言っていた日本のお茶を淹れておくれよ。」

「ええ。日本のお菓子も作ってあるのでお出ししますね。…それにしても、最近は随分と日本好きになりましたね。」

「そりゃあ、君の国のことだからね」


ぽん
ジョゼフの手が紅緒の頭に乗った。


「僕の愛する可愛い子。僕たちの国のことは必然的に知ってもらえるけれど、君が僕と出会うまでに生きてきた場所のことは僕たちはなかなか知ることができない。今と未来は独占できるけれど、過去のことも少しでも良いから独占したくってね」


にんまりと笑った顔に、心臓が締め付けれられる。手のひらがそわそわとして、切なくて、嬉しい。
言葉も出ない紅緒の心情を悟っているのか、ジョゼフは更に笑みを深めた。


「いつか日本に写真を撮りに行きたいなあ。四季折々、全国をめぐりたいから三年くらいは滞在してみたいものだ。それから宗教観も気になるね」

「ええ、日本は比較的、よその文化にも寛容ですから。面白いと思いますよ」

「もちろん、その旅行は新婚旅行だよね?」


ああ、やはり今夜は寒いだなんて言わなくてすむかもしれない。
火照った頬は熱いし、空を覆う灰色の雲はきっと紅緒を暖かく包んでくれることだろう。




2018/11/28 今昔

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