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『やっちまった...』
ある日の夜の出来事。
前髪が長くなってきてそろそろ邪魔くさいと、美容院に行く手間と金を惜しんだ結果、自分で切った。
のはいいのだが。
元々不器用な上にガサツな性格が仇となり、ガタガタになったり、斜めになってしまったりとしながら調整していると、いつの間にか私の前髪は眉毛の上で綺麗に切りそろえられていた。
...なんだよこれ。
オン眉が可愛い時代とかもう終わったんだよ。
必死に前髪を濡らしたり、横の毛を前に持ってきたりとしたけれど、どうにもならない。
ムリ、学校休みたい...。
そんな希望も、翌日には母に叩き起され崩れ落ちる。
渋々制服に着替え、できるだけオン眉が目立たないように髪を下ろし、前髪を抑えながら学校へ向かった。
「結衣ー!おはよー!」
『さっちゃん...おはよう...』
「どうしたの?暗いけど...」
『実は...』
道中で友人に声を掛けられ振り返る。
ひっそり前髪を見せ事の経緯を話すも、彼女はキョトンとした表情を見せる。
「え?隠す必要なくない?全然可愛いけど」
『え、まじ?』
「うん!めっちゃ似合う!」
『じゃあいいか!』
友人のお世辞と分かりきっている一言だけれど、心が晴れ、なんだか悩んでいたことが馬鹿らしくなった私は、前髪を隠すことを止め、堂々と学校へ向かった。
「琴原なんだよその髪型!」
「いじめられてんのか!?ウケる!」
『死ねよ...』
友人の言葉をまんまと真に受けた私は、その後クラスに到着すると男子にバカにされ、また塞ぎ込む。
ほら、だから言ったじゃん...死ねよ...
クソ男子共に笑われ、反撃はしたくても顔を上げたくなくて、我慢して黙り込む。
小「おはよ、琴原」
『.....おはよ.....』
小「何してんの?」
しばらくすると、朝練が終わったらしい野球部が登校してくる。
小湊から挨拶をされるも、絶対にこの失態を知られたくなくて、机に伏せたまま挨拶をする。
「そいつの前髪やべーよ!」
「前髪失敗したんだって、見ないであげて」
小「ふーん」
爆笑しながら言う男子と、苦笑いしながら言う友達。
クラスでも大魔王的存在の小湊に見られた暁には、今ここで大爆笑している男ですら可愛く思えて来るほど、なんて言われるかたまったもんじゃない。
友人にも心の中で「言わないでよ...!」と思いつつも、当の本人からは興味の無さそうな声が聞こえてくる。
いやそうだよね、そもそもどうでもいいよね。
確かに、小湊はそういうやつだ。
嬉しくもあり、なんだよ、という気持ちもあり、複雑な思いのままいると、ふと机に影が出来た。
『え?』
小「...」
『ちょっ...』
何かと思うと突然、前髪を隠していた右腕が思い切り掴まれ、引っ張られる。
その反動で顔をあげると、目の前にいた小湊と目が合う。
小湊の左腕は、しっかりと私の右腕が掴まれていた。
興味無い振りして...
絶対バカにされる!!!
『何すんの...』
小「なんだ、どんだけ面白いのかと思えば似合ってるじゃん」
『え』
小「可愛いよ」
『え』
小「どっかのクレラップのCMみたいで」
『バカにしてんだろ!!!』
可愛いなんて、絶対小湊の口から聞けるとは思っていなかった一言が聞こえ、戸惑っているも、その後はバカにしたような発言に、いつもの小湊だと安心と苛立ちが込み上げてくる。
ちょっとときめいてしまった自分が阿呆らし。
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