crisis






『げっ』

「何だ、変な声だして」





今日は一ヶ月ぶりの非番。
仕事柄、中々安定して休みが取れない私にとって貴重な一日である。

午前中は隣町に行き、ショッピングをしたり、美味しいものを食べ、お昼過ぎには立川基地に帰り、部屋でゆっくりゲームでもして過ごそうと思っていたのだが、何とまあついていない日だったようで。





「あ!お前は!!あのオカッパ細目のとこの…!?」

『うわっ、鳴海隊長…』

「うわっとは何だ!うわっとは!!俺は!お前んとこの上司より遥かに強い最強な男n…」

『何してんですか、こんなところで』

「話を遮んなっ!アイツの教育はどうなってんだ本当に!」

『あ、Bpexだ』





私が所属する第3部隊とは犬猿の仲である第1部隊の隊長、鳴海弦。
何よりこの人は亜白隊長や保科副隊長を超毛嫌いしており、何かと突っかかってくるような面倒臭い人だという認識が、私の中で根付いてしまっている。

ついそれを表情に出してしまったからなのか、鳴海隊長はかなりプンプンの様子だったが、彼が持っているビニール袋の中身が見え、口に出すと鳴海隊長はピタ、と動きを止めた。





「知ってるのか?」

『私結構やりますよ』

「ランクは?」

『え?ダイヤ…』

「よし!行くぞ!!!」

『えぇ!?』





そうしてされるがまま、連れてこられたのは第1部隊拠点である有明りんかい基地。

ズカズカと門を潜り最終的に連れてこられたのは、隊長室…もとい汚部屋。
入るのに躊躇っていたというのに、隊長命令という職権を濫用し、渋々空いている場所に座ると、早速コントローラーを握らされる。

そうして気付いたら何時間もゲームに没頭してしまい、体がバキバキになり一回休憩と体を伸ばしたタイミングで、丁度私の携帯が鳴った。

送り先を見てみると、私の直属の上司、保科副隊長からであった。
そうして、冒頭に戻る。





『私、そろそろ帰りますね』

「なぜだっ!」

『なぜも何もこんな時間ですし…副隊長からこんな連絡も来てしまいましたし』

「…「今どこおるん?」…?何だ、正直に言えば良いだけじゃないか」

『はぁ?よく言いますよ!あなた達仲悪いでしょ!』





どの口が言ってんだ本当に。
この人の所にいるなんてバレたら、帰ってから私が何を言われるか考えたくもない。

…まぁ、鳴海隊長が突っかかっているだけで、保科副隊長は何とも思っていないのかもしれないけど。

帰る前にお手洗いだけお借りします、と一声掛け、トイレに向かった。





『じゃあ私はこれで』

「まぁまぁ、あと1試合だけ行こうじゃないか」

『えぇ…』





まぁあと1試合なら…と、渋々コントローラーを握り、副隊長からのメールは気付かなかったことにしようと目を逸らす。





「それにしても、第3部隊は随分過保護なんだな」

『え?』

「非番の日まで部下の所在を把握しなくちゃならんのか」

『本当ですよ…副隊長は私の事ガキガキ言って、未だ子ども扱いしてくるんですよ…もう20になったっていうのに…』

「ふふん、それは面白いことになりそうだ」





何が?と思いながら不敵な笑みを浮かべる鳴海隊長だが、特に気に留めず再び画面へと視線を移す。

しばらく隣で叫んだり、喜んだり、項垂れたり、怒ったりしている鳴海隊長を横目に進めていたが、途端にピクリと彼が動きを止めた。





「如月、隠れろ」

『え?』

「布団の中に隠れろ」

『え、なぜ?』

「保科来たぞ」

『なぜ!?』





何を言っているのか、色々理解ができずにいたが、隊長に促されるまま布団の中に潜り込むと、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。





「何だ」

「失礼します」

「今良い所なんだ、邪魔すんな」

「では無理矢理開けます」

「だぁー!わかったわかった!」





まさか、鳴海隊長が言っていたことが本当だったとは。
布団や扉を挟んでいた為か、あまり大きな声では聞こえなかったが、微かに聞こえたのは、聞き覚えのある保科副隊長の声で。
鳴海隊長は渋々といった感じで、扉を開けたようだった。





「何だオカッパ細目。ここは立ち入り禁止と言っていたはずだが?」

「どうもうちの部下がお世話になったようでして、迎えに上がりました」

「誰のことかな?」

「そこにおんの丸分かりやぞ、はよ出てこんかい」

『!』





ボソボソといつものように口喧嘩になりそうだと思っていたら、まさかの矛先はすぐに、恐らく私の方に向いて。
えっ、バレてる…?
いや、そんなことは…!きっとハッタリだ!副隊長はそういうことする人だ…!
バレてない…はず!そう思い込んで息を潜めるも、一瞬で暗闇の中に光が入ってきた。





『ヒェっ!!!』

「はよ出ろ言うたはずやぞ、如月」

『ふ、ふくたいちょ…なぜここに…』

「さっさと帰るで」

『お、怒っているから嫌です…!』

「怒ってへん」





そう笑顔を向けてくるも、額には立派な青筋が浮かんでおり、怒っているのは明白だった。

仁王立ちになっている保科副隊長はいつもより何倍も大きく見え、かなり怖い。
怯えていると私の腕を思いっきり引っ張り立たせると、そのまま腕を引かれ歩き出す。





「そんじゃ、お邪魔しました」

「ふんっ!さっさと出てけ!」





保科副隊長は私の腕を掴んだまま、汚部屋の端にあった私の荷物を持つと、そのまま部屋を出る。
少し歩いた門の先には防衛隊の車が置いてあり、そのまま乗るよう促される。

車に乗り込むと、副隊長はエンジンをかけ走り出した。

…終始無言。
助手席から運転している保科副隊長を見上げるも、その横顔は普段と変わりなくて。

けれど普段だったら何かと話題を振ってくれるから、やっぱり怒っているのだろう。

いやていうか、何でここにいたのバレた?って話だし。
そもそも怒られる筋合いなくないか!?

だって私今日非番だよ?そんな日に私がどこで何をしようと自由だし。
まだ帰宅時間だって過ぎていない。
確かに副隊長からのメールは無視したけど、そんな無視と言っていいかも分からない時間返信しなかっただけだし!?

とは思っても流石に何か言えるわけもなく、気付くと第3部隊の基地に付いていた。





『えっと保科副隊長…?』

「…」





基地に着いたからと解放される訳ではなく、再び腕を捕まれ、着いた先は副隊長室だった。

なぜだか緊張が解けず、そのまま副隊長に続いて部屋へと入る。
真っ暗な部屋の中、カーテンの隙間から外の光が入ってくる。

電気は付けないのかと、スイッチに手を伸ばした途端、強い力で腕を引っ張られる。ほぼ投げられたと同じに値する衝撃は、おそらくベッドであるクッション材に消えた。
倒れた衝撃で副隊長の香りが立って鼻をくすぐる。何事かと身体を起こそうとするも、ギシリとベッドの軋む音がして再び身体を倒された。





『副隊長っ…!?』

「何であんなとこおったん」

『いやあれはその深い意味はないというか偶々遊びに行って帰るタイミングで鳴海隊長に会ってしまい!?何故かそのまま流れでゲームをすることになっただけで本当にもうあの一戦が終わったら帰る予定だったので!メールも無視した訳じゃなくて返信するタイミングがなかったというか何というか』

「ちゃう、それもそやけど、何で布団中なんかおったん」

『えっ?それは、鳴海体調が隠れろって言うので、咄嗟に…すみません…」

「はぁぁぁ、アホちゃうか自分」

『ひぇっ』





保科副隊長が何を知りたくて、何に怒っているのかも分からず。
そもそもこんな馬乗りになって、至近距離に保科副隊長の顔面がある状況で、まともな思考回路になる訳もなく。
必死に焦りながら、言い訳とも捉えられかねない事実を話す。

すると副隊長は大きくため息を吐き、私の肩にポスんと頭を落とす。





「そんなんただの建前で、そのまま襲われたらどないするん」

『へ!?い、いやいやいや…』

「こうやって簡単に組み敷くことやってできるんやぞ」





目の前に跨る副隊長の胸を押すも、空しく手首を掴まれてベッドに縫い付けられる。本気で抵抗してるのにビクともしない。
私だってこれでも討伐隊の一員だ。それなりに鍛えている自信だってある。しかし目の前にいる人物はそれよりもさらにトレーニングを重ねていることを知っている。質も量も歴だって遥かに私より上だ。
見た目がいくら細見でも、隊服に隠されたその下はゴリラレベルな筋肉が付いていることも、嫌と言うほど見てきた。
それでもなんとかなるのではと、必死と力を入れるも拘束された手首は全く動かない。





『いや…保科副隊長…!流石にこれ以上は…っ』

「そんなん言うても、相手はやめてくれへんよ」





対怪獣以外では、比較的、いや基本的に穏やかで人当たりも良く、常にニコニコしている保科副隊長。
けれど今は、どれでもない、私の知らない副隊長が目の前にいる。
その感じたことがない雰囲気と、この先何をされてしまうのかという恐怖心で、一気に緊張が走る。

怖い。

初めて保科副隊長に抱く感情をどこにぶつけて良いのかも分からず、瞳に涙が浮かび、そのままぎゅっと目を閉じる。





『いっっっだっっ!!!!?』





その後に来た衝撃は、私のおでこに見事クリーンヒットし、思わず目を開けると副隊長はベッと舌を出し、私の上から退いた。
手首から体調の手が離れたと言うのに、力が入らない。
副隊長がスイッチを入れて電気をつけると、急に明るくなった視界に目が眩んだ。





「これに懲りたら2度と無防備に男の布団にあがんな、ちゅうか部屋にも入んな!鳴海隊長はと関わんな!」

『へ、へい…』

「…乱暴して悪かったな」





未だ力が入らない私を見越して、副隊長が私を引っ張り起こす。
結局何に怒ったのか、何でバレたのかとか、分からなかったけれど、いつもの副隊長に戻ったことで安堵の息を漏らし、なんだかどうでもよくなってしまった。











「今頃アイツらどうなってるかなー」

「一体何したんですか…」

「あぁ、バカ弟子か。何もしてないぞ。僕が如月の代わりに「超絶かっこいい鳴海隊長のお部屋でお楽しみ中ですハート」と返してやっただけだ」

「最低・・・」




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