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・貴女side
『え…?転校?』
「おう、うちって転勤族だからよくあんだよ」
『なんでそんな平気そうなの…』
中学一年生の冬。
授業終わりの誰もいなくなった教室で、2人で日直日誌を書いている時に、椎名はなんてことない顔で私にそう告げてくる。
少なくても中学3年間は一緒にいられると思っていたのに。
学年が上がって、クラスが離れても同じでも、いつもみたいに馬鹿やるんだろうな、なんて思っていたのに。
椎名は簡単に遠く離れていくという。
私は椎名と離れることを知って、こんなにも胸が苦しく、今にも涙が出てきそうなのに。
なんで椎名はこんなに平気そうなの…?
そっか、そうだよね。
私が一歩的に椎名のことが好きなだけで、椎名は私のこと友達としか思っていない。
「だ、だからよ…」
『そっか、がんばってね!』
「え?」
『まぁ椎名なら、どこに行ってもやってけそうだもんね!じゃあ私日誌出しとくから!部活の送別会あるんでしょ?じゃあね!』
「お、おい!待てって!」
このまま一緒にいると、椎名の声を聞くと、椎名の顔を見ると…
泣きそうになるのをグッと抑え、笑顔で声を掛ける。
急いで日誌を書き終え、荷物を纏めて教室を飛び出す。
あんなに好きだった椎名の笑顔も、この日ばかりは見るのが辛くて。
家に帰って今までにないぐらい泣いた。
その時初めて知った。
こんなにも椎名のことが、大好きだったんだ。
数日後、椎名はクラスのみんなに挨拶をして岩鳶を去って行った。
私は体調が悪いと、お母さんに学校へ連絡をしてもらい、椎名とは会うことはなかった。
・
「お前如月名前っていうのか?俺椎名旭!よろしくな!」
『よ、よろしく…』
初めて会った時から、一切壁を感じさせない挨拶から始まって。
・
「如月、水泳興味ない?水泳部入ってくれよ!」
『ごめん、私料理部入っちゃった…』
「えー!そこをなんとか!」
我儘だけど、なんだか人を魅了させる何かを持っていて。
・
『椎名、なにそれ?』
「メンタルトレーニングの本!すぐに元に戻してやるぜ!」
何にでも直向きで、一生懸命で。
・
「持ってやるから貸せよ」
『えっ、別にいいよ!』
「いいからいいから」
意外と優しくて、意外と頼りになって。
・
「ゲェ!もしかして原先の課題って今日までか…?」
『馬鹿椎名、また忘れたの?』
「なぁ如月ー、見せてくれよー…」
抜けていてお調子者で。
・
「好きなら、泣かせんなよな!」
『椎名…』
「いくぞ如月。振られた腹いせに悪口言ってくるような男、振って正解だぜ!』
男らしくて、仲間思いで。
・
そんな椎名の全部が大好きで。
そんな椎名と一緒に過ごす日々が心地よくて。
だけどこんなにも一瞬で、そんな日々が無くなってしまうなんて。
「おはよう名前!大丈夫?一週間も休んで、心配したよ…」
『さっちゃん…心配かけてごめんね。もう大丈夫!』
「椎名君、行っちゃったよ」
『うん、知ってるよ』
一週間後、忘れたくても忘れられるわけないし。
このまま周りに心配かけさせるわけにも行かない。
椎名のことを考えないようにしながら学校に来たけど、やっぱり一緒に過ごした期間が長いこの空間で思い出さない訳もなく。
この教室で、もう彼が座ることのない席を、涙ぐんで見つめることしか出来なかった。
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