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・貴女side
『まーた作ってるよ、そんな人来てるの?』
「...これから来るかも知れないだろ」
それを機に七瀬くんとは大分話をするようになった。
その為か以前よりも七瀬くんの行動が気になるよになってしまう。
水泳部は依然として人は来ないようで、なのに休み時間になれば七瀬くんは変わらずイワトビちゃんを掘ったり塗ったり...
無駄にならないのかな。
『それにしても...七瀬くんって器用だねぇ』
大量にあるそれを1つ手に取ってマジマジと見てみる。
イワトビペンギンの顔も羽も毛並みも、すっごいきっちり彫られていてなんだかリアル。
単純に凄い、売り物みたい。
『七瀬くん今暇?』
「見れば分かるだろ、暇じゃない」
『ちょっと手休めようよ』
少しだけ会話をするようになってから七瀬くんのスバっと言う物言いにも大分慣れてきて、
というかズバッと言うし言われるしの関係になってきた頃。
イワトビちゃんを作っているから暇じゃないと言う痛い視線を無視し、スマホを取り出して目当ての写真を見つけると、七瀬くんの顔面とイワトビちゃんの間に割り込む。
「近い」
『七瀬くんこれ出来る?!』
ため息を吐きながら七瀬くんは彫刻刀を置くと、私のスマホを持った手首を掴み、七瀬くんの顔とスマホの距離が少し離れた。
七瀬くんの視線はスマホの画面に一直線。
「なんだこれは」
『フィッシュボーン!可愛くない!?』
そこにはネットで拾ってきたヘアアレンジの写真。
可愛くて憧れていたけど三つ編みすら怪しい私には到底出来そうもない髪型。
七瀬くんの手先の器用さなら出来そう!と期待を込めて頼んでみる。
「どうなってるんだこれ」
『ほら、この下にやり方書いてある!』
いつも以上に眉間の皺が寄る七瀬くんの顔を見つめる。
まあ無理か、いくら手先が器用だとしてもそれとこれとは話が違うよね。
そう思いながらスマホの電源を消してポケットに仕舞う。
「後ろ向け」
『え!やってくれるの!?』
「出来るかは分からないけどな」
『ちょっとまってね!ヘアゴム出すから!』
憧れのヘアセットができる喜びと、そんなことしなさそうな七瀬くんがやってくれるという喜びでウキウキしながらポーチを出し、再びスマホの電源を付けると、優しい手つきで七瀬くんの指が触れる。
わ、これ。
思い切って頼んでみたは言いものの、よく考えたら男の人に髪を触られた経験がない私にとっては、これは結構な緊張感。
少しドキドキしながら手鏡を開いて見てみると、七瀬くんの骨ばった指が映り、更にドキッとしてしまった為手鏡を閉じる。
なんだか、申し訳ない。
「出来たぞ」
『あっ、ありがと!』
気持ち背筋がピンとしながら、とにかく耐えた数分前。
あっという間の時間で、七瀬くんから終了の合図があり急いで鏡を開いて見ると、鏡に写し出された私の髪は写真のまま、綺麗に仕上がっていた。
『す、すっごい...!天才...?』
「こんなの書いてあるんだから誰でも出来るだろ」
『それは出来ない私に対する嫌味でしょうか...?』
期待以上の素晴らしい仕上がりと、七瀬くんの嫌味的発言で、先程までの緊張感は一切無くなり、これはもう感動の一言。
『七瀬くんありがとう!今日のバイトやる気出る!!』
「..フッ、良かったな」
『え、笑った?今七瀬くん笑ったよね?』
「...いつも笑ってるだろ」
『私いっっっかいも見たことないよ!?』
破壊力。
七瀬くんって表情筋がない!
って言いきれるぐらい、普段からポーカーフェイスで、怒っているところも笑っている所も見たことがない。
そんな七瀬くんに急に、突然に微笑まれると、そりゃドキッとする。
というか、勿体ない。
せっかく顔が整っているんだから、普段から無愛想にしてなければ人はもっと寄ってくるだろうに。
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