第3話
・貴女side
「ちぇっ、ねーちゃんのどけち」
「んじゃあな陸」
「えー!もっと遊ぼうよ!」
「良いから姉ちゃんの言うこと聞いとけ。女は怖えんだぞ」
「ちぇー…じゃあなー洋一!」
「呼び捨てすんな!」
いくら押したからと言って、来る速さは変わらないのだが、エレベーターのボタンを連打する。
遠くで、陸と倉持先輩の声が聞こえ、どんな会話をしているかまでは聞こえなかったけど、しばらくすると足音が大きくなり、陸が駆け寄ってくる。
あぁ、良かった。何ともなくて。
ほっと一息吐き、胸を撫で下ろす。
タイミングよくエレベーターも来た為、3人で乗り込み、4階のボタンを押そうと手を伸ばす。
「もっと遊びたかったのになー、ねぇちゃんのけちー」
『うるさい!ていうか、もうあの人と一緒に遊んじゃダメだからね!』
「はぁ!?何で!」
アパートの敷地内にいたと言うことは、恐らく倉持先輩も同じアパートに住んでいると言うことだ。
今まで遭遇したことなかったのに。
これから何度もあの恐怖を味わいたくなんかない。
というか、いつ陸が酷い目に会うかわからない。
私は陸を心配して言っていると言うのに、当の本人は文句を言い項垂れる。
『何でも!あの人は怖い人なの!関わったらいけないの!』
「えー前から一緒に遊んでるけど全然怖くねーよ。めっちゃサッカー上手いしー色々教えてくれたしーこのサッカーボールも洋一がくれたしー」
『え…?前から遊んでたの…?くれたって…代わりに何かよこせとか、殴られたとか、してない…?』
「何だよそれ、むしろ姉ちゃんより優しい」
前から一緒にいたなんて知らないし、そう言えばこのサッカーボール、近所の兄ちゃんに貰った、とか言ってたっけ。
ケラケラ笑いながら、殴るとかないない、なんておかしそうに笑う陸。
姉ちゃんより、なんて、お姉ちゃんに向かってなんてことを言うんだ、と思ったけど、そんなことより倉持先輩のことでいっぱいだった。
『陸、ちょっと真知のこと見てて』
「はぁ?」
私は陸に真知の手を握らせると、閉まりかけのエレベーターの扉をすり抜け、倉持先輩が向かったであろう方向へと走り出す。
もう家に入っちゃたかな、なんて諦めモードだったが、倉持先輩の後ろ姿を見つけ、足を止める。
『く、倉持先輩!!』
「あ?」
聞こえるように、倉持先輩の名前を呼ぶと、緊張も合間って思いの外、私の大きな声が響く。
くるりと振り返った倉持先輩。
こんなに近くで先輩のことを見たのは初めてで、そして見られたことも初めてで。
私を見つめる、三白眼の目が少し、いやかなり怖い。けど
『あ、の…うちの弟と遊んでくれてありがとうございました!』
「お、おう…」
うわ、声裏返った…なんて思いながら、頭を下げ、前髪の隙間から倉持先輩を見る。
すると、先程までの睨みつけるような鋭い目が大きく開かれる。
なぜか、驚かれている…?
お礼を言ったことに、なのかな。
それは私自身も驚いてるけど…。
でも、本当に、倉持先輩が、陸が言うような人ならば。
さっきの私の態度はさすがに失礼だと思うから。
『あの、もし良かったら、また遊んでやってください…!』
もう一度ペコリと頭を深く下げ、先輩の返答を待つ。
うわ、緊張する…。
もしパンチでも飛んできたらどうしよう…。
なんて、冷や汗をかきながら手をぎゅっと握りしめると、頭上からヒャハッと独特な笑い声が聞こえ、顔を上げる。
「今度は野球教えてやるっつっとけ!」
「っ!…はいっ!』
わかった、わかってしまった。
先輩の笑顔を見て、わかった。
倉持先輩って、良い人なんだ。
去っていく倉持先輩を見送り、私も急いでエレベーターへ戻ると、しっかりと真知の手を握った陸が不機嫌そうに待っていた。
「どこ行ってたんだよー」
『はは、ごめんね』
お詫び、とチョコレートを渡すと、嬉しそうに包装紙を広げる。
生意気だけどやっぱり子供だ、と微笑ましく見ていると、真知も欲しそうに見つめてきたため、その小さな手のひらにチョコレートを置く。
上がっていくエレベーターの中で陸の名前を呼ぶ。
『倉持先輩っていい人だね』
「だろー?」
『今度は野球しようだって』
「まじ!?やったー!』
ガンガンとエレベーターでジャンプをする陸を怒りながら、今日の夕食は何にしようかな、と考えた。
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