第7球
・監督side
「ベーラン3本目計ります、これ最後ねーよーいゴッ」
「よっしゃー!」
野球部新任3日目。
グラウンドへ顔を出すとベースランニング途中の選手達。
そこには監督就任が決まってから名簿とにらめっこし必死に顔と名前を覚えたばかりのうちの一人、大堀が走り始めていた。
あいつ…気合い入れさせるか。
と、奴がファーストを回ったと同時に重い足を踏み出す。
「大堀!!監督行ったア!」
「!!?ちょっ」
「大堀走れ走れ!追いつかれてんぞ!」
「……っっっ、ぷは」
「お、新記録」
追いつけそうなギリギリの距離まで来たが大堀は先にホームベースを踏む。
少し肩で息をしながら日野原の元へと向かう大堀とは裏腹に、俺は過呼吸でも起こしそうな勢いでそのままフェンスに手をかけながらもたれかかる。
「監督…足速いけどバテるのも早いな」
「ぜー…はー…っっ、ぜーっ…大堀ゴルァ…もっと気合い入れて走れや」
「う…うぃーっス」
すでに息が整っている大堀にも「体力ないなら本気で走らなききゃいいのに」なんてふざけたことをぬかしている秋本にも、若くないと言われているようでカチンとくる。
「今日はこの後バッティングとノック見て、正規ポジション決めるからな」
お、空気が引き締まった。
さっきまでのおふざけムードからガラリと雰囲気が変わる。
いいね、甲子園は諦めてない顔だ。
「あ、今日のメニュー確認しますか?」
「おう、…と、その前に水ください…」
張り切り過ぎた、と日野原に頼むと「如月ー監督に水持ってきてー」と声をあげる。
如月?ああ、もう1人の女マネージャーか、と心の中で解決。
可愛いと小耳に挟むが、俺ももう少し若ければ…いや、俺は若い方だ。
そんなことを考えていると目の前には白い紙パック。
顔を上げるとジャージ姿で髪を後ろで1つに束ねた女、俺に水持ってきてくれたのか。
おお、確かにこりゃレベル高え。
「大丈夫ですか?飲み物どーぞ」
「おお、サンキュ…っっ、なん、ごほっ…っ」
「あっはは、一気飲み!」
渡されたそれを受け取り口に含むと、口の中にはシンプルなミネラルではなく、
酸味が広がる。
さらに喉を通った暁には拒否反応を起こすかのように一気にむせる。
「ちょっ、大丈夫ですか監督っ…。如月、何を…」
「えー?酢だよ?運動前後は酢って聞いたことあるよーな、ないよーな気がしたから」
腹を抱えて大爆笑するこいつに一気に怒りが押し寄せてくる。
「てめえ…殺すぞ」
「いやん監督怖い…」
残念なイケメンならぬ、残念な美女だなこりゃ。
正直部内恋愛に発展しうる顔を持ってるこいつだが、性格がこれじゃ100年の恋も冷めるだろう。
とりあえず、禁止にはしたくねえが部内恋愛は邪魔と言えなくもないものである。
これなら平気だろう。
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