ものの尺度というのは、本当に人それぞれなのである。
それを自分に重ねてみたり、彼を基準にしてみたりすると私の場合は実に単純になる。
でも、当然彼の物差しは全くの別物で。


彼は完璧主義、私は苺最後主義


私にとって、蛍君はお気に入りの音楽。またはその音。もっというならベースライン。
或いはお祭りで食べるかき氷。勿論レモンのシロップがたっぷりかかったふわふわの。
そして五歳の誕生日にもらった大きなテディベアでもある。私の首くらいの太さもある腕がいい抱き心地なのだ。

私にとって、蛍君を想い慕うということは眠ること。宿題のない週末の朝の目覚めでもある。
或いは、ともだちと下らない話をしながら帰ること。
そして、大きな声で歌うこと。この前、部屋で大音量で音楽を流しながらそれにも負けずノリノリで歌ってたところに蛍くんが入ってきたときは、さすがに恥ずかしかったけれど。
無言で、なにも見てない聞いてない振りをされたときは、逃げ出したくなったけれど。

要するに、それくらい蛍くんがすき。
でも、不思議なのはそれらを全部集めても蛍くんにはならないこと。
反対に、それら全部がなくなっても―――。
「なにその喩え。いくらなんでも馬鹿すぎるでしょ」
蛍くんの声が聞こえて、目が合って、多少罵られようとも会話が成り立っていれば私は満たされる。
「えへへ。蛍くんをなにかに喩えるのは難しいなあ」
勉強に飽きてつらつらと喋り出した私を、「集中力なさすぎ」と重ねて批難した。
「折角勉強見てやってるんだからちゃんとやってくれない。追い出すよ」
「ひぃ!ごめんなさい!」
私は慌ててシャープペンシルを握り直す。
そう、蛍くんは試験前の貴重な週末を私に割いてくれているのだった。頭を下げたチームメイトの頼みであっても断るのに。
しかも家にまでお邪魔しちゃって、これって彼女の特権ってやつなのかな。
「ていうか納得いかないんだけどさ」
「ん?」
テキストと再び向かい合った矢先、頭上からまた彼の声が降ってくる。
「僕と帰るのとともだちと帰るの、羽衣からしたら同等なんだね」
「け、けけけけけ蛍くん?」
見れば、思いっきり眉根が寄っていて不快感を隠そうとしていない。
「山口と帰るのと羽衣と帰るの、僕はなんか違うと思ってたけど気のせいだったみたいだよ」
「あああああの、蛍くん?なにを・・・」
なんだこれ夢か。
蛍くんから話しかけられただけでも稀有なのに、表情も読むまでもないくらいはっきりしてるし、饒舌だし衝撃だし。
(嫉妬!?)
と瞬く間に茹で上がりそうになったが、
「なんて言うと思った?そこの問題教えたばっかなのに間違えるなんてありえない」
赤いボールペンで、先程私が埋めた解答欄をぐりぐりと刺した。
「羽衣の頭は軽石みたいだね」
にこりと笑っているが、ペンを持つ手には骨が浮き出る程力が入っており、お怒りあそばしていることがよくわかる。
「すみません解き直します」
久しぶりの二人の時間だけど、欲張っちゃあいけないね。
蛍くんの前では、どんな煩悩も一瞬で業火の中に放り捨てられる。
(彼女の特権だなんて)
彼女であることが既に特別なのだ。
この距離は私たちだけのもの。
蛍くんがノートのページを捲る音や教科書に書き込みをするペンの音が聞こえたり、姿勢を変えたときの衣擦れの音も、小さな呼吸の音すら、今は私だけのもの。
だけど。

「ねえ蛍くん」

一緒にいて、こんなに心臓が焼けつくような熱を持っているのに。
「なに」
どんなに言い聞かせても、欲しがらないでいるなんて無理だよ。
「勉強と関係ないこと、あと一個だけ」
そのあとちゃんと頑張るから、と手を合わせた。
はあ、と短い溜め息が聞こえて、
「しょうがないな」
と彼はペンを置いた。
「手短にしてよ」
その呆れた顔にすら、私は焦がれるのだ。

「蛍くんからすると、例えるなら私ってなにかなって」

あ、今度は心底面倒そう。
ちょっと考えたあと、ぽつりと呟いた。
「・・・ショートケーキ」
なんと!蛍くんの好物ではないか!
「の」
「の?苺!?」
「上に乗ってる葉っぱ」
私はテーブルに額を打ち付けた。
「飾りじゃん・・・」
絶対みんなが食べる前に避けるやつじゃん。食べてる人なんか見たことない。
「ほぼほぼ要らないよね、それ」
私は葉っぱなのか、あんなちっぽけな。
「羽衣がそう思ってるなら、ずっとそのままかもね」
「え、蛍くん食べるのっ?」
「そんな訳ないでしょ」
「ですよねー」
じゃあ、どうしたら私は苺になれるかな。
「少なくとも赤点とかけてしょうもない点とることとは違うね」
「やだ蛍くん上手い!」
「この問五を解けって言ってるんだけど」
またしても彼は私の教科書をペン先でぐさりと刺す。
お、応用問題・・・いつも私が端から諦めて捨てる枠の厄介者。基本問題だけクリアしてるからいいかと思っていたが、蛍くんは見逃してくれないようだ。
「これが解けたら苺?」
「なにその昇級制度」
「だってこれ意味わかんないんだもん。苺くらいの価値はあるんじゃないかと」
「それが解けても精々フィルムくらいだよ」
「フィルム!?」
ってあのケーキの周りの!?
上がってるのか下がってるのかわからん。ていうか、依然として捨てられる運命からは逃れられないようだ。
「私蛍くんに捨てられるの・・・?」
「捨てられない為にはどうしたらいいと思う?」
「苺になる」
「・・・その喩えはもういいよ」
蛍くんが溜め息を吐く。
いや、それしか思い浮かばないんだけど。
あっ。
「今度はなに」
いつになったら勉強に戻るの、と彼はワークブックとの見つめ合いに入ってしまい、私の方を最早見てくれない。しかし私は構わず続けた。

「苺柄の下着とかどう!?」

「・・・・・・」
すごい、蛍くんの目がこれまで見たことないくらい冷たい。こっちを見てくれたけど、明らさまな侮蔑を向けられている。
「どうってこっちがどうしろって?まさか僕にそれを見せるの?」
「蛍くんに見せる!?そんな滅相もない!」
大体、そんな端ないことが嫁入り前の婦女子たるものに許される訳がない。私が勝手に「今日は苺柄だ!」と喜んで身に付けるだけのこと。
「ふうん。ならいいけど」
元の表情に戻った彼は、かりかりとシャープペンシルを動かし始めた。
「でしょ」
さて、私もそろそろ問五を片付けにかからねば。いや、やっぱりわからないな。解説のページを開いて、その通りに式を組み立てていく。
これでやっぱりわからなかったら蛍くんに聞こう。

(げ、問六の方が難しい)

無理難題は次から次へと降ってくる。
果たして、飾りの葉っぱが苺に昇格出来る日はくるのだろうか。


どれか一つでも欠けたら、完璧なショートケーキではないという彼の定義とか


私の解答が、いつも蛍くんにとって及第点どころか満点であることを、私はまだ知らない。



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