肩を並べて傍に立つ、二人の距離は拳三つ分以上。
けれど、距離以上に近付いた、絡まった指先が気になって私の内側では熱が上がる一方だ。
本当に、この人のことが好きなんだから。

油断して冷静さを欠いたら、一気に形が崩れてしまう気がする。今にも変な汗をかきそうな掌を気にしていると、ぴったりとくっついていた私のものよりも大きな掌の持ち主が顔色を窺ってきた。


「元気がないな」

「え? そんなことはないと思うけど」

「本当か? 無理をしているなら日を改めるが」


籠った空間を満たす人の話し声の中でも、彼の声は私の耳によく響く。気遣わしげに眉を下げてきた赤司くんに、とんでもないと首を横に振った。
傍にいられるだけで満足なのに、休日まで付き合わせているのだ。
日常生活に部活、生徒会の仕事まで請け負う多忙な中で時間を見つけてくれたのに、そんな勘違いをさせて潰してしまいたくはない。

何より、傍で見つめ続けてきたからこそ判る、瞳に映る感情の波を読み取れるからこそ、似合わない顔をしてほしくなかった。


「本当に大丈夫。体調が悪いとかじゃないから」

「気分が乗らないということもあるだろう」


「そんなこと…あり得ないよ。寧ろ赤司くんの方が、忙しいのに無理してるでしょう」


今は取り繕う必要もなく、素直な気持ちで赤司くんといられるのに。嫌な気持ちの欠片でも芽生えるわけがない。
それが私にとっての当たり前だし、彼にとっては価値にならないような場所に付き合わせようとしているのだから、私の方が心配なくらいだ。


「なまえといられる時間をとる為なら、多少は無理もするだろう」

「…それなら、私が赤司くんに合わせるのに」

「そうしてばかりだったから、僕はなまえについて何も知らないままなんだよ。好きなものも、場所も、苦手なものも…面白くないことに、他の奴らの方が多く握っている」

「そう、かな…? でもそんなの訊いてくれれば答えるし…」

「自分で探さないと意味がないしつまらないだろう。一つずつ、目で見て覚えたい。だからなまえに付き合うという行動に出ているのに」


一度言葉を区切った彼は、何故か窓の外に目をやって嘆息した。


「…なまえは、相変わらず無欲だしな」


たまに、赤司くんは得心のいかないような表情を浮かべることがある。これは高校で再会してから知った彼の顔だ。
堂々たる態度を崩さない彼には少し似合わなくて、それでも恐らくは私のことで悩んでもらえているのが分かるから、そんな顔を見せられると心臓を擽られているような気分になる。

私なんかが彼の心肝をほんの少しでも震わせられることが、堪らなく申し訳ないのに嬉しくて。
つい、ふにゃりと弛んでしまう口元を目敏い彼が見逃すわけもなかった。


「今度は嬉しそうだ」

「うん、そっちが正解だから」

「それならいいが…ああ、もう着くな」


車内に響くアナウンスと、、ブレーキのかかり始めた緩い速度。
反動に若干ぐらつく身体は肩に伸ばされた手にしっかりと支えられて、息が詰まる。
然り気無くこういうことができる彼に、どんな顔を向けるのが正解なのか。
上擦りそうになる声を抑えてありがとう、と呟けば、親しみの滲み出るような微笑を返されて。

顔が、頭の中が、熱くなる。
こんなに私ばかり舞い上がっていて、大丈夫なのかな。
呆れられたりしないだろうかと一抹の不安も抱えつつ、繋いでいた手を一旦離して下車する彼に続こうとした時だった。突然背中に走った衝撃にバランスを崩し、パンプスの踵が引っ掛かって身体が前に傾いて落ちる。


「っ!」


コンクリートに膝を打ち付けるイメージが一瞬で頭に浮かび、痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑った。
けれど感じたのは前に掛かる引力と、腰と太ももを支えるように添えられた人の腕の感触で。

痛みと呼ぶには軽い衝撃が前半身にぶつかり、驚いて目を開ければ普段より低い場所に二色の瞳があった。


「…あ、赤司くん…!?」

「…躾のなっていない子供だな」


ぶつかってきた衝撃は彼らのものだったらしい。友達同士で騒ぎながら、すぐ側を過ぎていく小学生達を見やって若干不快げにそう溢す彼の機嫌を、けれど気にしてもいられなかった。
ゆっくりと地面に下ろされた、ここまではまだ冷静さを保とうと思えば保てるレベルのはずだった。なのに。


「あ、赤司くん、あの、手がっ…あの」

「……なまえ」

「は、はいっ…?」


地面に降りたらもう怪我をすることもない。そのはずなのに離れていかない手と、落ちてきた頭が触れた肩が震える。
ばくばくと、胸を叩いてくる心拍は苦しくて、緊張に固まった私の耳からそう遠くない場所で深く吐き出される息を感じた。


「怪我がないのはよかったんだが…」

「え、と…ありが、」

「今日は風もある方だ」

「は…うん…?」

「その…スカートの下には何か、穿いた方がいいんじゃないか」

「………っ!」


珍しく潜められた声に告げられた言葉に、顔が燃え上がったかと思った。
未だ太ももの裏に添えられたままの手の意味も理解して、がちりと身体の芯が固まる。


「み…みっ…見た…?」

「見たというか…見えてしまった。他に見えないようには庇ってはみたが」

「っ……お…お見苦しいものを…ごめんなさい…」

「いや…とりあえず、どこに行くにしても服を見繕うのが先だな」


いつ誰に見られるか気が気じゃないと語る、彼の表情は普段とあまり変わりない。
ひたすら込み上げる羞恥心と罪悪感に内心パニック状態の私には、それが素なのか作られた表情なのか、見分けられなかった。

私が注意を配るようになったことを確認して離れた身体は、バスの中でそうしていたように空いた指を絡めてくる。
いたたまれなくて俯く顔を無理に上げさせようともせず、手を引く赤司くんはそれでも、と呟いた。


「女子は制服の下にでも短パンやスパッツを穿くんじゃないのか? 私服なら気候を見て選ぶこともできただろう」


漆にしては珍しく合理的じゃない、と指摘されて、ぐっと言葉に詰まる。
今日は確かに少し風が強いし、行動するならパンツスタイルの方がいいかとも思いはしたのだ。
思いはした、けれど。


「さ…さつきに」

「桃井? 何か言われたのか?」

「…初デートならスカートだって、ものすごく推されて」

「……」

「あ…呆れた…?」


黙り混んでしまった彼を、あまり勇気は出ないながらもちらりと見上げれば、珍しく視線が合わないまま呆れはしないが、と返された。


「桃井に相談したのか」

「こういう、プライベートで赤司くんと過ごすとか初めてだから、色々考えちゃって…あと中学時代に青峰くん達が…スカートの下に短パンとか穿いてると残念だって言ってたから、私服だと余計にそうかなって…思って…」

「青峰と誰だ」

「…黄瀬くんとか」

「分かった。なまえはあまりその辺りを真に受けすぎない方がいい」

「そ、そう…だよね。赤司くんの好みとは別の話だもんね…」


失敗、だったのかな。
服だってアクセサリーだって、何度も何度も悩んで、迷って、決めてきたものなのにな。

こんなもので喜んでもらえるとは思っていなかったけれど、少し虚しい気持ちになるのも否定できない。


「好み云々の話じゃないが…それよりも、訊いていいか?」


落ち込む気持ちを表に出さないよう堪えていると、少し前を歩いていた彼が身体ごと振り向く。
繋いだ手をくい、と引かれて、誘われるように視線を上げた。


「今までのなまえの口振りだと、自惚れで今にも舞い上がってしまいそうなんだが」

「…自惚れ…?」

「昨日か、もしくは予定を決めた日から…他者の声に惑わされるほど、なまえが僕と過ごすことを気にして…楽しみにしていてくれたのかと」

「えっ…」


吐き出された言葉を飲み込んで、驚きに目を瞬かせながら見つめる先。
真っ直ぐに射てくる、宝石のように彩りを放つ瞳は、今し方至極真剣な色をしていた。





相思相愛とは今更な事情



そんな当たり前のことを、どうして訊ねるの?

問い掛けを投げるより先に私の動揺を読んだ彼は、とても嬉しげで。見惚れてしまうほど綺麗な笑みを浮かべていた。



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册様(指先のイト)より、誕生日のお祝いとして頂きました(^o^)/
ありがとうございます!!!
リクエストのラッキースケベ赤司くん!!!
本編は册様宅でお楽しみ頂けますので是非に。
イメージを掻き立てられてにやにやさせて頂きました。
これからもよろしくお願いします!!!!


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