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「ずっとさ、みずきちゃんどうしてるかなーって気になってたんだ」

ランチについてきたプリンをスプーンで掬いながら、高尾さんは目を優しく細めた。
「え?」
「志望校とかさ、結構思い詰めてたじゃん。いくら頑張ろうと思っても、なかなか集中出来ないこともあるんじゃないかって」
余計なお世話かもしんないけど、と高尾さんが肩を竦める。
「……」
私は口元に運びかけたスプーンを下ろした。
「みずきちゃん?」
それを訝しんだ高尾さんが私の名前を呼ぶ。
「高尾さんには、なんでもお見通しなんですね」
笑おうとして、眉間に皺が寄ったのが自分でも解った。思わず手に力が入る。
俺目はいいからね、と戯けてみせたあとで、高尾さんは真剣な眼差しで私と目を合わせた。

「よかったら話してくれる?」

誰にも言えない、そんな風に訊いてくれる人もいない―――高尾さん以外は。
少し迷いはあったけれど、私は口を開いた。
「自分で決めたペースで、勉強が進まないんです」
やらなきゃいけない、という気持ちはあるのに、ペンが動かない。
「また模試もあるのに、このままじゃだめなのに…!」
話しながら、不安が押し寄せてきて息が詰まりそうになった。
「高尾さんの仰った通り、集中出来てないんです。焦るばっかりで、きっと周りのみんなにも今に追い越されてしまう」
私は、今最もそれを恐れている。
ここへ来てみんなも成績を上げているのだ。私が成績を維持しても、順位を抜かれることだって十分有り得る。
高尾さんは、「んー」と少し考える素振りを見せてから言った。
「みずきちゃんて頭いいっしょ。クラスでも五位以内とかさ」
「えっと…」
「都立東や秀徳目指すくらいだし」
どうにも答えにくくて、口籠もっていると高尾さんが戯けて笑う。
「はいとは言わねえよな、みずきちゃんは」
「よく言われはするのですが、自分ではそうは思わないんです」
私は勉強しなくても成績を上位に保てるタイプではないし、テストで高得点をとっても常に上には上がいるのだから。
「なるほどね」
お茶を一口飲んで、高尾さんは頷いた。
「真面目だなあ」
実はそれもよく言われる。そんなに堅く見えるのだろうか。
「ああごめん、茶化すつもりじゃねえんだ。真ちゃんが気に入るのも道理だと思って」
「そうですか?」
緑間先輩が私を気に入っている?どちらかと言えばそれは征十郎先輩な気もするが、高尾さんには私と緑間先輩も親しそうに見えるのだという。
「ストイックで、驕ったりしないじゃん」
「驕る程の余裕なんてありませんから…」
ゆっくりとしたペースでプリンを食べ終え、空になった器をぼうと眺める。

「みずきちゃんは頑張ってるよ」

唐突にかけられたことばに、顔を上げた。
「え?」
グラスの中の溶けはじめた氷をカラカラとストローで掻き回しながら、高尾さんは微笑んでいる。
「いや、俺になにが解るって思うかもしんないけどさ。頑張ってると思うんだよね」
「それは、あの…」
そんなこと、誰からも言われたことがない。今まで、親や先生から言われることは、プレッシャーにしか感じなかった。
「結果が重要なのは当然だろうけど。でも、自分が納得いかなかったからって費やした時間がなかったことにはならないじゃん。努力を自分で否定しないでほしいんだよ」
高尾さんの声が紡ぐことばは、私の心を段々と軽くしていく。
「ある程度の自信は持ってもいいんじゃねえかなって。油断とは違ってさ」
「……はい」
私は深く頷いた。
「追われる立場だっていう危機感を持ってるのはすごいことだよ。他人の言う大丈夫って全然信用出来ねえし。でも、自分を見失う程他人を気にするのはナンセンス!」
前にも言ったけど、自分の気持ちを大事にしてね、と高尾さんは歯を見せて笑った。

(私…クラスや学年での成績を気にして忘れてたんだ)

大切なのは、自分の目指してるもの。
私が行きたい学校は何処なのか。

「なんてね。呼び出しておいて説教じみたこと言ってごめん」
肩を竦めて、高尾さんは椅子の背に凭れかかった。
「説教だなんて。落ち込んでいましたが、楽になりました」
私はぶんぶんと横に首を振る。
「そっか」
照れたように頭を掻く高尾さんが、どうしようもなく眩しく見えた。
それらは、初めてもらうことばばかり。私の心を撫でるように響いて、温まっていくようだった。


「送るよ、帰ろうか」
まだ昼間だし、本当なら断るべきだろう。半日とは言え、部活後で高尾さんも疲れているだろうから。
だけど、気付いたら「お願いします」と頭を下げていた。
もう少し、一緒にいたかった。
高尾さんと、話していたかった。
咄嗟に自分の気持ちを優先してしまった私を、彼は我が儘だと思うのか気になってくる。

「前は駅までだったけど、こうやって並んで歩けると楽しいよな」

そんな矢先、心中を読まれたかのような一言を発された。
「…ですね」
こういうことを高尾さんがさらりというのは、天然なのだろうか。私がこうして彼を慕うのはどうしてだとか、少しも考えたりはしないのだろうか。
(だとすれば、高尾さんって…)
と考えかけてやめる。

そういうことを抜きにして、今日は高尾さんと話せてよかった。
それでいいと、納得しよう。
前と同じように、高尾さんは丁寧に私の弱った気持ちを聴いて下さったのだ。
知り合って間もない人に、こんなにもすらすらと自分のことを話せるなんて今までになかった。
ありのままを認めてくれるこんな人は、きっと他にいない。
ふと、お兄ちゃんや征十郎先輩、さつきさんの顔が過ぎったが、彼は他の誰とも違う。
どきどきして胸が高鳴るのに、安心を感じることもある。
況して怖いと思うことなど。


お兄ちゃんは、常に私を気にかけてくれていて可愛がってくれる。優しくてだいすきな兄だ。だから、突き放されることが怖くて、いつもいい子でいるよう努めてきた。お兄ちゃんの自慢の妹に、なれるように。
征十郎先輩も頼り甲斐があって、相談に乗ってもらうことも多かった。けれど、その存在の大きさ故にいつも何処かで恐れていた。沢山の人を従える征十郎先輩に、失望されることを。
さつきさんも、緊張で固まり易い私がお兄ちゃんたちの輪の中に自然と入れるように気を遣ってくれていた。女の子として憧れる部分が多くあったが、その分劣等感だって抱いていた。

高尾さんには、気を張るということがなくて心地好く隣を歩くことが出来る。
(私、やっぱりこの人のことが)
再認識する想いに、体温が上がっていく。

(追い掛けたい)

ならば、私が進むべき道はもう見えている。
「あの、高尾さん」
隣を歩く横顔を見上げた。
「ん?」
「私、高校でやりたいことがあるんです」
「おっ、そうなんだ。どんなこと?」
高尾さんの目がきらりと私を捉える。

ふと、思ったことだった。
ただただ自分の為にテキストと向かい合い、勉強を続けてその先になにがあるのかと。そんな自分をふらふらと頼りなく感じてしまい、誰かの役に立ってみたい、と。
出来ればそう。

(あなたの)

意を決して、そんなことを伝えてみようか。
どんな選択でもきっと肯定してくれる気がするから。
「部活で、マネージャーを」
「へえ!ってことは運動部?」
「はい」
「いいじゃん。みずきちゃんがマネージャーかあ」
密かに寄せていた期待に応えるように、笑顔を向けられた。

「秀徳バスケ部に来てよ、って言いたくなる」

「え」
私の心が定まったことを知らない高尾さんは、「なーんてな」とすぐにはぐらかす。
はい、と応える隙もなかった。

どう続けたものかと思案していると、唐突に身体が傾く。
「わっ」
そして目のすぐ前をひゅっとなにかが横切った。
「誰だ、お前」
「痛っ!」
高尾さんの低く怒気を含んだ声に目を見開いて周りを確認すると、漸く肩に回されたのも、視界を半分遮っているそれも、彼の腕だと解った。その腕を辿っていくと、人込みから伸ばしてきたと思しき第三者の手を掴んでいる。
高尾さんに庇われながら、「痛い」と声を上げた人物を見上げていく。
「ちょ、まじ痛えっス!」
この喋り方をする人物を、私は知っていた。しかも、今朝メールをもらったばかりだった。

「黄瀬先輩!」

「え、海常の黄瀬!」
高尾さんが手を離す。
今朝メールをくれた彼は、手首を気にしながら「久し振りっスね」と私に目線の高さを合わせてきた。
「なんでここに?」
「朝メールした通りっスよ。部活が午前中だけだったから、買い物でもしようと思って」
みずきちゃんに会うの黒子っちに駄目って言われて一人寂しく歩いてたんスよ、と黄瀬先輩は泣き真似をして見せる。
つまり、私だと気付いたという黄瀬先輩が引き留めようと腕を伸ばしてきたところで、高尾さんがならず者と思って捕まえた、ということだったらしい。
「そうだったんですか」
その節はすみません、と慌てて頭を下げた。
「いいんスよ、慣れてるから。寧ろそれでも会えたってことの方が運命っぽいっしょ」
彼は表情をころころと替え、にっと笑う。

「ただ、これはどういうことっスかね?秀徳のポイントガードさん」


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