V



真ちゃんは部活が休みの日を充てて、みずきちゃんに帝光中の近くで頼まれた参考書を渡す約束をした。
しかし、当日になって真ちゃんの都合が悪くなってしまった。

「えええ真ちゃん話が違えええ」

俺は真ちゃんの腕を掴んでがんがん揺さぶる。なんだそれ。予定の管理くらいしてくれよ!と文句を言おうとしたが、その前に「お前の話は知らないのだよ」と冷静にあしらわれてしまった。
とは言っても、一度取り付けた約束の不履行は真ちゃんも主義に反するらしく、考え込む素振りを見せる。
「あ」
いいこと思い付いた、と俺は声を上げた。
「なんなのだよ」

「俺が変わりに行けばよくね?」

名案だ。
どう?と真ちゃんに尋ねるが、どうも反応がよろしくない。
「ちゃんと届けるって!如何わしいことなんかねーよ」
「ならばその下心をもう少し隠してみろ」
酷えよ真ちゃん!
ちゃん届けるって。第一もうそれしか手はない。
黒子への返信で、『みずきちゃんからのメールの内容は昨日のお礼だけだった』と言ってしまったのだ。
今更あいつに預けたら話の辻褄が合わなくなって詰む。
「む…」
遂に真ちゃんが頷いた。
みずきちゃんには真ちゃんからメールをしてもらい、帝光中の近くのコンビニで落ち合うことになった。
地理はあやふやだったが、この御時世携帯で調べればなんとでもなる。秀徳の最寄り駅から電車を乗り継いでなんとか辿り着いた。

「待たせてごめんね」
既にみずきちゃんは来ていて、俺はまず謝る。
「いえ、私が緑間先輩に面倒なことをお願いしたばかりに…高尾さんにもご迷惑お掛けしてすみません」
やっぱりみずきちゃんかわいいわ。俺が自分から来たがったんだし、気にしなくていいのに。
無性に頭を撫でたくなる。しかし真ちゃんのことばを思い出して自制する。
「いいって!受験大変だもんな」
「はい…ありがとうございます」
はにかんだ笑顔に、一瞬でここまでの疲労がなかったことになった。
黒子が過保護になるのも解る。よくよく考えなくても俺だって妹は大事だ。まあ近寄ってきた男を消そうとまではしないけど。

それに、黒子とは決定的な違いがある。それは、俺は女の子としてみずきちゃんが気になっているということ。
「ちょっと待ってて」
「?」
俺はコンビニに入ってココアを買い、彼女に渡そうとした。下心のお詫び、にもならないが。
しかし、みずきちゃんは受け取れません、とぶんぶん首を横に振った。
「ここまで来て頂いているのに、その上飲み物をご馳走になるなんて」
「えー?缶ココア一本だぜ?」
そこまで遠慮しなくていいのに、とうとう鞄から財布を取り出そうとするから、俺はそっと手にまだ温かいそれを押し当てる。

「勉強を頑張る後輩に、ってことで」

もらってやってよ、そう説得したら漸く彼女は受け取ってくれた。
「…はい。ありがとうございます」
どう致しまして、と言いながら激しく庇護欲を掻き立てられる。
照れながらココア缶を両手持ち、それなんて萌え。その仕草をこんなにかわいいと思ったことねえわ。
(まじで小動物みたい…)

「みずきちゃんってりすみたいだね」

ふと口をついて、そんなことばが出てきた。
「へ?」
「かわいいね、ってこと」
「か、からかわないで下さい!」
真っ赤になっちゃって。
「嘘じゃないよ、でも嫌だったらごめんね」

参考書を渡すだけで随分引き留めてしまっている。みずきちゃんがココアを飲み終えたところで、そろそろ帰ろうか、と持ち掛けた。
「はい、で、あの…」
「ん?」
彼女は俺の持っている紙袋をちらちら見て気にしている。
「ああ、これね。重たいから送るよ。家何処?」
普段は友達と帰っているだろうけど、今の様子じゃ今日は一人だろうし。まだそんなに暗くはないが、ここであっさり帰したら男としてどうよ。
いやニュアンスがいやらしいな。断じてそんなつもりはない。人としてどうよ、に訂正しよう。

「流石に、そこまでしてもらう訳には…」
案の定、みずきちゃんは断ってくる。
「でもこれ冗談抜きで女の子には重いぜ」
試しに渡してみると、がくんと彼女の膝が曲がった。
「な?」
「す、すみません…こんなものをお願いしてたんですね…」
まずそっちか。つくづく心優しい子だな。
最早感心してしまう。
「俺は平気だよ」
伊達に毎日リヤカー牽いて自転車漕いでねえし。紙袋を戻してもらって、ね、と駄目押しする。
「では…駅まで、いいですか?」
「勿論」
本当は駅からが心配なんだけどな。流石に知り合って間もない男に自宅を知られるのは怖いだろうし。

「みずきちゃんはさー、何処の高校目指してるの?」
「一応、都立東を」
「へえ、頭いいんだね」
都立東といえば、この辺りでは結構な偏差値を誇る進学校だ。
「高尾さんも、秀徳じゃないですか」
「はは、俺はバスケばっかだけどね」
秀徳も勉強はきついが俺は定期考査の前だけ頑張るタイプだ。真ちゃんには呆れられるけど、俺なりの人事の尽くし方なのだよ。
「要領いいんですね」
「そんな格好いいもんでもないよ」
事実、成績がめちゃくちゃいい訳ではない。精々真ん中くらいをキープする程度だ。悪くなければいいつもりでやっているのだから。真ちゃんに言ったら鼻で笑われそうだけど。

「……高尾さん」
「ん?」
突然静かに名前を呼ばれて、みずきちゃんを見る。さっきまでの笑顔は何処へやら、神妙そうな顔をしていた。
「どうしたの?」

「…本当は、迷ってるんです」

胸の内を打ち明けるその声も暗い。
「進路?」
「はい。公立か、私立か…ってことなんですけど」
なるほどな。
私立だと、金がかかるしな。その点公立は安い。まあ、特色や設備の違いはあるけど。
「私立って、黒子と同じ誠凜?」
黒子のことだから、『誠凜に来て下さい』くらいは言いそうだ。

「いえ…秀徳です」

「え」
うち?
なんでまた。都立東を目指してるんなら確かに圏内だけど。
(あ、)
「もしかして、真ちゃんがいるから?」
割と懐いてるみたいだし、参考書のこととか頼んでくるくらいだから、有り得なくはない。
(うわあ…)
真ちゃんも結構可愛がってるっぽいし。
俺早速失恋な訳?
かと思いきや、みずきちゃんは首を傾げた。
「? 違いますけど…」
「あれ?」
このリアクションは照れ隠しの類ではない。本当に違うっぽい。
「夏に…突然いいなと思い始めて、まだ迷ってるんです」
早く決めないといけないなのに、こんなのじゃだめですよね、と彼女が深い溜め息を吐く。
「そっかぁ。みずきちゃんから見て、秀徳には迷う程の魅力があるんだ」
「はい」
みずきちゃんが秀徳に来てくれたらそりゃ嬉しいけど、これは俺が無責任に口を挟んでいい話ではない。リスクもあることだし。
「知り合ったばっかの他人が、いい加減なことを言う訳にはいかないけど」
俺はバスケに重きを置いて学校を選んだ。要は、何処を重視するかによって選び方は人それぞれになる。
入りたい部活や勉強したいこと、学費、設備、通学の便―――なんにせよ確固たる目的があればあるほど強いモチベーションになる。

「自分の気持ちを大切にして、頑張れ」

上手くは言えない。これが俺の精一杯だ。
(情けねえな…)

「……はい」

みずきちゃんがふいに立ち止まった。
「みずきちゃん?…ってあれ?」
な、なんで泣いてるんだ!?
「なんか気に障った?ごめん!」
わたわた取り乱しながら謝り倒す。
やばいこのパターンは赤司に通報されるやつだ!
「ごめん、本気で悩んでるのに」
「ち、違うんです…」
ぐすぐす言いながらみずきちゃんは袖で涙を拭う。
ああ、擦っちゃだめだって!
「誰にも言えなかったんです…。でも、高尾さんが親身になって下さって…」
嬉しかったんです、と彼女はしゃくりあげた。

(なんだこれ超抱き締めたい)

だめだだめだ、弱ってる女の子に手を出すなんて高尾だめなり!
「辛かったよな」
「はい…」
「俺で良かったら話聞くからさ」
俺はココアを買ったときのレシートにメールアドレスを書いて渡す。
「これね」
「…いいんですか」
「勿論」
あ、でも兄ちゃんには内緒な、と唇に人差し指を当てた。
みずきちゃんも悪戯っぽく笑って、はい、と顔を上げる。



そうそう、女の子は、笑ってなきゃだめだよ。

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