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「あ、緑間先輩」

「……?」
騒がしい街の中で、隣の人物の名前を呼ぶ鈴を転がしたような声が突然聞こえた。
俺はすぐにそれが目の前の少女であることがわかったが、呼ばれた本人は辺りをきょろきょろ見回す。
「ぶっは!」
俺は思わず噴き出してひいひい笑った。
「なんなのだよ、高尾」
「あー…ほら」
背が高いからっていくらなんでも見えてなさすぎじゃね。
目の前にいる小柄な女の子を指差す。
真ちゃんはその先を辿って漸く彼女を認識した。

(緑間“先輩”ってことは中学生だよな…にしても誰かに似てんな)

「お前…みずきか」

真ちゃんが珍しく驚いているようだった。
「お久しぶりです」
「ああ」
控え目な微笑で、彼女はお辞儀をする。ちょっと地味な感じだけどかわいいじゃん。真ちゃんも普通に応じてるし。
「なに真ちゃん、どういう知り合い?」
名前で呼んでるし、まさか年下の彼女?なんて冷やかすと馬鹿め、と冷たい目で睨まれた。
「気付かんのか」
いや最初に彼女に気付いたの俺だし。んー、と彼女の顔をよくよく見てみる。
「やめないか。怖がっているだろう」
「いて」
先程より表情を少し強ばらせたその子は、確かに誰かに似てるような。
「はは、わりわり」
「不躾な奴ですまないな、みずき」
「いえ」
っていうかその白いブレザーは帝光中か。

「…ん!?」

「気付きました?」
小首を傾げて悪戯っぽく笑ったその子に重なった面影は。

「黒子ぉ!?」

「はい。夏の大会では兄がお世話になりました」
「彼女は黒子みずき。あの黒子の妹なのだよ」
黒子妹もといみずきちゃんは再度深々と頭を下げ、顔を上げると笑いに目を細めた。
「そ、そうなんだ」
えええまじかよ普通にかわいいとか思っちゃった。
あいつ妹いたのか。いや俺もいるけど。

(道理で俺が気付いて真ちゃんが気付かない訳だよ)

「私も高尾さんのことは存じてます。兄が随分苦心したと申しておりました」
「へっ?」
黒子兄よりまた一段と丁寧な敬語で話すみずきちゃんは俺を見上げる。

「インターハイ予選の決勝リーグ、観戦させて頂いてました」

「そうだったのか」と相槌を打ったのは真ちゃんだった。
「はい。丁度、あの試合だけ見に行けたので」
「ああ、もう今年は受験生だったな」
「はい」
なんてみずきちゃんと真ちゃんは世間話をしてるけど、
(やばくね!?名前知ってもらってただけでどきどきしてるとか)
中学生かっつの。
「なにをしているのだよ、高尾」
真ちゃんが眉根を寄せて俺を不審がる。

「な、なんでもねーよ」

ムキになってついきつく言い返すと、真ちゃんは雑巾でも見るような目で俺を一瞥した。
ひでえ。
そして、ふいとみずきちゃんに向き直る。
「ところで、こんな時間にこんなところでなにをしているのだよ」
「参考書を探していて、本屋さんを梯子してました。突然必要になったので、つい」
「見つかったのか」
「はい」
みずきちゃんは手にしていた紙袋を示して見せた。
「熱心なのはいいことだが、一人では危ないのだよ。……おい高尾、なにを笑っている」
ぶふっ。また怒られた。
「だ、だって真ちゃんおかんみてえなこと言って、くくっ」
俺が腹を抱えていると、「本当に、緑間先輩って優しいですよね」と俺に同意する。

「……」

なにこの子、天然なの?
こんな優しい真ちゃん見たことないからうけてたんだけど。
「でも、大丈夫です。兄に連絡したら、迎えに来てくれることになりました」
「この辺りで落ち合うのか?」
「はい」
みずきちゃんが頷くと、彼女の手にあった携帯電話が点滅した。音の溢れる街中では小さな端末の電子音など鳴っても気付かないだろう。
「みずきちゃん、携帯光ってるぜ」
「あ、すみません」
みずきちゃんは断りを入れて端末を開いた。どうやら電話だったらしい。
「お兄ちゃん?お疲れ様、うん、うん。もう着いてるよ」
へえ、黒子には敬語じゃないんだ。黒子は妹にも敬語で喋ってそうだけど。
彼女の場合は、単に俺らが年上だから敬語だったってだけかな。
なんて別にどうでもいいことを考えていると、みずきちゃんはちらりと真ちゃんを見た。
「?」

「えーとね、目印は緑間先輩!」

ぶっふぉ。
真ちゃん目印て!
確かにこんだけ人いても真ちゃんだったらすぐ見つけられるけども。
「みずき!人を待ち合わせスポットのように言うな」
「すみません」

まじやべーわみずきちゃん。
その感じも黒子そっくりだわ。
いやでも黒子かわいいって言ってる訳じゃなくてだな、みずきちゃんはかわいいよな、うん。
ってなに本当に考えてんだ俺。

「ごめんごめんお兄ちゃん。偶然会ったの。あ、解った?」
待ってるね、と心底嬉しそうな笑みを湛えて彼女は通話を切った。
「という訳で、すみません。緑間先輩、もう少しお付き合い頂けませんか」
「し、仕方ないのだよ」
お、真ちゃんいい先輩だな。
なんてまた笑い出しそうにしていると、みずきちゃんは申し訳無さそうに俺に頭を下げた。
「高尾さん、すみません」
「俺?俺は全然、」
気にしないし、寧ろここで置いてく方がおかしいと思う。
いいよ、と言いかけて、

「みずき」

黒子がやってきた。
「お兄ちゃん」
みずきちゃんが、光の速さで声がした方を振り向く。
「……」
このタイミングまじか。
「お待たせしました」
「ううん、迎えに来てくれてありがとう」
みずきちゃんはすすす、と黒子に寄っていく。
俺も妹とは割と仲が良いと自負してるけど、年子でこの仲の良さって…そんなもんか?

「緑間くん、高尾くん、お久しぶりですね」
黒子が会釈をすると同時に、みずきちゃんは嬉しそうに報告した。
「一緒に待っててくれたの」
「そうだったんですか」

(あ?)

みずきがお世話になりました、と丁寧な物言いの割に、妙に俺にくれる視線だけ棘々しい。
「いや、俺らは別に。なー真ちゃん」
「ああ」
あ、真ちゃんは気付いてないな。
まあいっか。
帰ろうぜ、と言おうとしたとき、黒子が「緑間くん、少しいいですか」と真ちゃんをちょいちょいと手招きをした。
「なんですかね」
「さー?」


黒子は高尾とみずきに背を向けると、こそこそ小声で俺に訊ねてきた。
「ちょっと緑間くん。みずきと高尾くんって初対面ですよね」
「当たり前だろう」
秀徳と誠凜の試合で知っていたとは言っていたが、会うのは紛れもなく初めてだ。
「なんであんなに懐いてるんですか」
「懐いているか?あれが?」
普通に話した程度で、懐いているとは言い難い。
「みずきがどれだけ重度の人見知りか知っているでしょう」
「……ああ」
言われてみれば。
俺は出会ったばかりの頃を思い出した。
「みずきは未だに火神くんともまともに話せません」
「……」
火神は俺や青峰、紫原と同じ道を辿っているのか。
それに比べて高尾は。
「殆ど怖がる様子はなかったな」
顔を凝視されても表情が強張る程度で、赤面したり冷や汗をかくといった反応は見られなかった。
初対面で青峰と紫原、黄瀬が同じことをしたときは半泣きで石化していたというのに。
「まさかみずきは、高尾くんのことを…」
いやそれはないと思うのだよ。
「緑間くんのその辺の観察眼はあてになりません」
「なんだと」
「と、黄瀬くんが言っていました」
散々話し込んでおいて心外な奴だ。
黄瀬は今度シメる。
「まあいいです。もう会うこともそうないでしょうし」
みずき、帰りましょう、と黒子はあっさり踵を返す。
一体なんなのだよ。


「お兄ちゃんと緑間先輩って、仲よかったんですね」
みずきちゃんは二人の背中を眺めながら可笑しそうに言った。
「そう?」
確かに真ちゃんは交友関係は狭い。でも中学のときのチームメイトなら普通じゃね。
「中学のときは、あまり相性がよさそうではなかったので」
同じ努力家なのに変だと思っていたのですが、と眩しげにするその表情が、年下なのに綺麗だ、なんて思って。
話していた内容が吹っ飛んでしまう。
「緑間先輩が誰かと仲良さげにしてみえるなんて、レアです」
「そ、そうかもな」
曖昧に返すと、「高尾さんのことですよ」と俺の顔を覗き込んできた。
「え」
「中学在学中、バスケ部のみなさんには兄との縁もあってよくして頂いたので、なんだか……そうですね…」

変わった、というか。

(やっべ、黒子と同じこと言ってるのに)
見惚れる。

「あー、みずきちゃんさ」
ばくばくと跳ね始めた心臓をなんとか宥める為に、褒めるの上手いね、とかなんとか軽口を叩こうとした。

「みずき、帰りましょう」

見事に黒子兄に遮られ、俺はみずきちゃんの視界からログアウトした。



俺は知らなかった。
これから始まる恋が、色んな奴らを敵に回すことになるなんて。


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