「伊緒ちゃん!い、一緒に帰らないっ?」
部活が終わり、体育館をあとにしようとする伊緒ちゃんに、私は意を決して声を掛けた。



恋情と友情は紙一重


「さつきちゃん」
振り返った伊緒ちゃんは一瞬目を丸くして、勿論と笑った。
「あ、でもまだ青峰くん残ってるよ」
「青峰くん?あいつは別にいいの!」

彼女を誘うに至る数分前、つまり全体での練習終了間際。

「伊緒ちんお疲れー。もうこのあと自主練だから赤ちんが帰ったら?って」
「あ、敦くん。お疲れ様。って言っても敦くんは残っていくんだね」
「面倒だけど一応ねー。でももう遅くなるし、伊緒ちんは帰った方がいいよ」
「そっか、じゃあお先に。敦くんありがとう」
「気をつけて帰ってねー」

というムッくんとの会話を聞いた私は、落ち着きをなくした。
館内と時計と伊緒ちゃんを代わる代わる見遣りながら作業を進められずにいると、
「なにしてんだお前」
大ちゃんから挙動不審との指摘を受けた。
「だっ、だって伊緒ちゃん帰っちゃう!」
「真田?別にいいだろあいつ部員じゃねえし」
大ちゃんの馬鹿!そういうことじゃないってば!

「一緒に帰りたいの!」

そう反論すればこともなげに「帰りゃいいだろ」と言われてしまった。
「でも…まだ自主練あるし」
「一日くらいいんじゃね」
適当そうに言い残して大ちゃんはコートに戻っていった。もー。こっちは真剣なのに。
「いい、かな」
気持ちが揺れ動き、ぽつりと呟く。

「いいと思いますよ」

「わっ」
そんな私の独り言に返事をしたのは、テツくんだった。
「青峰くんの言う通りです。真田さんを誘って今日一日くらい早く帰ったって、誰も怒りませんよ」
「テツくん…!」
優しいテツくんのことばに背中を押され、赤司くんに断ってから、伊緒ちゃんの背中を追い掛けた。

そして今に至る。
「伊緒ちゃんも着替えは女子更衣室?」
「うん。他の人が来る前に貸してもらったの」
更衣室に向かうまでの道すがらも色々と話をした。というか、主に私が質問攻めにしていただけだが。

聞けば帰宅経路は駅までしか一緒ではなく、肩を落とせば伊緒ちゃんがそわそわしながら「じゃあ何処か寄り道しない?」と提案してくれた。
「寄り道?」
「うん。マジバとかコンビニとかさ」
あ、知ってる?駅前のコンビニの新しいソフトクリーム美味しいんだよ、そう楽しそうに語るから、私の胸はじんとする。
いつも大ちゃんたちがしていて、買い食いなんてちょっとお行儀悪いけど、羨ましかった。

「行こう!」


「うーん、マジバのバニラシェイクとコンビニのソフトクリーム…どっちかなー」
歩きながら伊緒ちゃんは唸った。
「なにそれ」
「私の今のブーム。決められないなぁ。さつきちゃんどっちがいい?」
マジバのバニラシェイクというと、テツくんの大好物だ。
「バニラシェイク、かな」
彼の顔を思い浮かべつつ答えた。
「じゃあ今日はそっちで」
さらっと伊緒ちゃんが頷いた。
“今日は”ということは、次回があるということ。
嬉しくって心がぽかぽかした。

「さつきちゃんはさー、青峰くんがすきなの?」
二人用のテーブルを挟んで、伊緒ちゃんはにやにやと切り出した。
「は!?」
「仲のいい幼馴染みなんでしょ?恋愛フラグだよ」
私はシェイクを噎せそうになりながら首を横にぶんぶん振った。
「全っ然!あいつとは腐れ縁なだけで!」
「え、そうなんだ」
私にはテツくんがいるんだから。
それに、伊緒ちゃんにも初対面でときめいてしまった。
鋭くなにかを察しながら口にしない子。
素敵だな、と思ったのだ。

「でもいいなー、仲のいい幼馴染みって」
「伊緒ちゃんにはいないの?」
私が尋ねると、「昔から怪力だったからね。友達らしい友達っていないんだなーコレが」と彼女は苦笑した。
地雷を、踏んでしまった。
「ご、ごめん」
「ん?あ、そうじゃなくて、だから同性ではさつきちゃんが初めての友達だよ、って思ってるんだけど」
先程のにやにやは何処へやら、伊緒ちゃんは指遊びをしながら私をちらちら見ている。

「へ?」

反応が一瞬遅れて間の抜けた声が出た。
「あ、だめ?」
伊緒ちゃんが露骨に悲しそうな顔をする。
「ううん!と、友達だよ!」
同性の、友達。
なんでちょっと釈然としないんだろう。
(普通、そうだよね…)
僅かに芽生えたもやもやを掻き消すように、次の話題を振った。

「異性の友達って誰なの?」

「……」
返事がない。聞こえなかったのかな。
「伊緒ちゃん?」
顔を覗き込むと、固まっていた表情が動いた。
「え、あ?初めての友達?」
「うん」

「…敦くん、だよ」

靄がかかったように、彼女は笑う。
(あ、)
多分さっきの私と同じ顔してる。

「でも、すきなんだね」

「えっなっすすす、あ、あつ、敦くんはっ…」
面白い程同様して、解りやすいな、と心中で溜め息を吐いた。

「…………うん」
観念して小さく肯定するこの顔は、他の誰よりも、他のどの表情の伊緒ちゃんよりもかわいく見えて。

胸がピリリと痛んだ。

妙な沈黙が流れるかと思いきや、
「あー伊緒ちんにさっちんだー」
「先に帰るとか言ってなに油売ってんだ」
騒がしい一行が現れた。

「敦くん!」

(っ…)
立ち上がった伊緒ちゃんは、一瞬で目の輝きが変わって頬は恋の色に染まる。
ムッくんが伊緒ちゃんの初めての友達で、すきな人。

「自主練お疲れ様」
「伊緒ちんずっとここにいたの?」
「あっ…さつきちゃんと喋りすぎてた」
「早く帰した意味ねーじゃん」
「う、ごめん」

あんな顔されたら、勝てないよね。
伊緒ちゃんも、ムッくんも。

(大体私は、テツくんがすきなんだし)

私も立ち上がって、騒がしい店内で手にしていたそれを掲げた。


「テツくーん!お疲れ様!私たちも今日はバニラシェイクなんだー!」


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