目標が立ったところで、赤司くんが指摘した私の問題点は“無意識”であるということだった。
力を使っている状態がどんな感覚であるか、自覚する必要があるのだという。
そこで彼は提案した。



シンパシー


「アームレスリング?」
って、所謂腕相撲だよね?
聞き間違いではないかと、一応確認する。
「ああ」
赤司くんは頷いて、本当は持続的に最大限の力を出させたいのだが、とそれが妥協案であることも説明してくれた。

ハードな部活の貴重な休憩時間にも関わらず、彼も私の為に真剣になってくれている。
敦くんと違うところがあるとすれば、彼は何処か私への指南を面白がっている節がある気がする。
お世話になっている手前、絶対に言わないが。

「真田がコントロールすべきは握力や腕力だ。敏捷性や持久力などいくらでも持っていても構わないが、普段の器物損壊行動を起こしているのはそれらに拠るだろう。一戦一戦集中して、筋肉の弛緩と緊張を覚えるんだ」
その為のアームレスリングだという。
私には持久力がありすぎて一対一では相手の歯が立たない為、一対多で、数も熟せ且つ簡単に出来る競技を選んだとのことだった。
「部活の合間や休み時間でも構わない。バスケ部員と試合をしろ。俺が許可する」

とは言え、対人か…と私は懸念を口にする。
「結局人相手なら、危ないよ」
大事な選手を故障させてはいけない。
「ああ、勿論誰でもいい訳ではない」
彼は言い忘れたな、とにやりと笑った。
「俺を除くスタメンと、だ」
おおう。

もう何度かバスケ部にはお邪魔しているのだから知っている。
(確かに手応えはありそう…)
敦くんと、眼鏡の緑間くんに色黒の青峰くん、そして学習能力のない黄瀬くん。
赤司くんも含めてキセキの世代と呼ばれているらしい。
因みに、黄瀬くんがなにかというと犬の如く擦り寄っていく黒子くんという子は、控え選手であり体格的にも除外だ。
「彼らには俺から話をしておく。部活の妨げにならない程度にいつでも挑むといい」

「と、言われてもなー」
休憩が終わり、練習が再開される。
誰に頼もうかな。
やっぱりまずは赤司とよく一緒にいる緑間くんかな、と彼を目で追うが、如何にも神経質そうでなんとなく近寄り難い。
青峰くんは怖い。
黄瀬くんは私の噂を知っているし、逃げられそうだ。
(敦くん、は…)

アームレスリング、とうことは当然手を握る。
おいしい展開なのだろうが、
(いきなりは無理無理無理無理!)
初対面で手を引かれてここには来たけど、あのときはまだ恋を自覚していなかったから事情が違う。

「どうしようかなー」
引き続き体育座りで膝を抱えていると、
「ちょっと前ごめんねー」
とマネージャーらしき女の子が私の前を通りかかった。見れば、重そうな多くの荷物を手にしている。
足取りは覚束ないし、前も余り見えてなさそうだ。
「大丈夫ですか、持ちますよ」
私は立ち上がって声をかけ、荷物を彼女の腕から持ち上げる。

「わわっ」

しまった。
急に軽くなった為にバランスを崩したらしく、華奢な身体が傾く。咄嗟に彼女の肩に腕を回して受け止めた。肩を握ってしまわないように、手の平は開いて添えるだけ。
「ごめんね、大丈夫?」
よく見えていなかった顔と対面する。

(かわいい子だ…)

覗き込んで確認するが、その彼女の表情は固まっていた。
「ど、何処か痛む!?」
やはり力を加えてしまっただろうか、と焦っていると、はっとしたように彼女が体勢を立て直した。
「ううん!だっ、大丈夫だよ!」
ありがとう!と何故か頬を赤く染めながらお礼を言われ、私の方が照れてしまう。お人形さんのようにかわいらしくて、同性の私から見ても魅力的な子だ。

「何処に運んだらいいんですか?」
「えっと、部室なんだけど…」
「解りました。それも貸して下さい」
もう一つ重そうな手提げ袋を預かり、歩き出した。彼女が小走りで追いついてきて、「重いからいいよ!私慣れてるし!」と言ってくる。
「慣れてても、これ女の子が一人で持てる量じゃありませんよ」
私は平気だけど、と心の中で自嘲した。
「あの…名前教えてもらってもいい?」
「私?私は真田伊緒。訳ありで、この前から赤司くんに厄介になってます」
「あっ…あなたが…」
彼女は納得したように真田伊緒ちゃん、と私の名前を復唱した。
「私は桃井さつき。同い年だよね、敬語じゃなくていいよ」
「あ、そうなんだ。よろしくね、さ、さつきちゃん」
私がテレテレしながら名前を呼ぶと、彼女も「よろしくね、伊緒ちゃん」と笑ってくれた。

「ここにお願い」
手の空いている桃井さんもといさつきちゃんが部室のドアを開けてくれる。
「ありがとう」
「こちらこそ」
さつきちゃんに教わりながら、運び入れた備品を仕舞っていく。
「一人で買い出し?他のマネージャーは?」
「あー…みんな忙しくって」
なんとなしに聞いたのだが、さつきちゃんは視線を少し泳がせた。

(嘘だな)

体育館の隅で突っ立って喋っているだけの女子を何人か見た。
かわいい子が妬まれるのもまた世の理か。
話しているといい印象しか受けないのだが、理不尽なものだ。

「あ、この辺のものは倉庫なんだけど、」
あとは私がやるから、と言いかけたのだろうが、
「行こうか。持つから案内してもらっていいかな」
先手を打って再び荷物を持ち上げた。

倉庫で作業をしながら、
「さつきちゃんって私のこと知ってる?」
「えっと、は、破壊神、って…」
やっぱりか。
「そー。今それ克服する為にここで赤司くんの指南受けてるんだ」
備品を壊さないように、気をつけながら整頓して補充していく。
「そう、なんだ」

「…怖い?」

思い切って聞いてみると、さつきちゃんはぶんぶんと首を横に振った。
「全然!寧ろさっきちょっとドキドキしたっていうか、私こそ…っ」
自分も怖がられて爪弾きに近い扱いを受ける側だから、こういうことには妙に鋭くていけない。
お世話になってばかりで居心地も悪いし、もし私にも出来ることがあるなら。

「これから荷物持ちとして、さつきちゃんがよければ、お手伝いさせてもらえないかな」

そう申し出ると、少し距離があっても解るほどさつきちゃんの顔は上気していく。
「あっ、赤司くんに聞いてくる!」
風の如く彼女は倉庫を出ていった。
が、すぐに戻ってきて興奮気味に私の手を握った。

「いいって!よろしくね!」


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