破壊神な彼女番外編


「ここは、この公式だよね。合ってる?敦くん」
「…うん、合ってるよ…」
向かいの席から俺を見上げてくる伊緒ちんから、少し目を逸らしながら頷いた。


薄紫色の彼女


定期テストを控え、伊緒ちんから勉強を教えてほしいと頼まれたのは今日の部活終了間際だった。
テスト期間前最後の部活だったからか、伊緒ちんは少し慌てた様子で頭を下げてきた。
俺は伊緒ちんからの頼みだったら多分なんでも聞いちゃうし、そんなに必死にならなくてもいいのに。部活停止中でも、どうせ昼休みには会ってるんだから。
(でもそういうとこが伊緒ちんなんだし)
俺は「いいよ」って意味で頭を撫でた。
今日マジバ寄ってこ、そう誘うと伊緒ちんは目を輝かせて何度も大きく頷いた。
張り切った伊緒ちんが「急いで着替えてくるね!」と更衣室に消えて、すぐに戻ってきた。
いつもより半分くらいの時間だった。髪の毛を撫で付けながら走ってきて、にこにこと笑うのだった。
「よろしくお願いします!」
「んー」
俺も、少し絡まった伊緒ちんの短い前髪を梳いた。
このときは制服の上にパーカーを羽織っていて知らなかった。
伊緒ちんのケアレスミスを。


それぞれ飲み物とポテトを注文してテーブルにつくと、伊緒ちんは早速のテキストとワークブックやノートを広げた。
「伊緒ちん張り切ってるねー」
「勉強会って初めて!勉強はすきじゃないけど、なんだか楽しくて」
摘みかけたポテトをぽとりとトレイの上に落とす。
「…そうだね」
俺も、楽しそうな伊緒ちんを見るのはすきだよ。


勉強を始めて間もなく、伊緒ちんの持っているものがシャーペンでないことに気付く。
「伊緒ちん、なんでボールペン使ってるの」
手元を指差すと、伊緒ちんは照れたようなぎこちない笑いを浮かべだ。
「シャーペンだと、芯が折れちゃって書けないから…」
曰く、いつもボールペンと修正テープを使っているらしい。しかしそのボールペンもペン先を潰してしまうことが少なくなく、週に2、3回は買い替えるのだという。
「ちょ、伊緒ちんノート見せて」
「ん?」
不思議そうにしながらも、「どうぞ」と伊緒ちんが俺にノートを向けた。
一字一句逃さず書き写された板書に、目を疑う。
「…めちゃくちゃきれいじゃね?」
「え、えへへ、そうかな」
字が綺麗とかそういうことだけではなかった。小さめの字で細かく書かれていてこちらが目を回しそうだ。
極めつけになにがすごいって、修正テープを使うと言ってはいたがほぼ訂正されていない。
誰でもノートをとっていれば多少の書き間違いはするだろうに、伊緒ちんのこれは清書レベルだ。
「伊緒ちんて実は注意力すごいんじゃないの」
「そう、かな」
なんでそんなに集中力あるのに、力の調節は失敗しちゃうことがあるんだろう。
「ちょっとした特技かも」
なんて肩を竦めるけど、これはちょっとどころではない。
伊緒ちんは強い力を意識して出そうとするときの他、不意を突かれたり慣れないものを持ったりしたときにコントロールが乱れたりする。
赤ちん曰く同じ強さで力を維持するのが苦手らしいけど、気を張る場面も苦手なのかも知れない。
もしかして、と思ってちょっとした悪戯のつもりで伊緒ちんに顔を近付けた。

「伊緒ちんって、緊張しい?」

まあるい瞳に、意地悪く笑った俺が映る。
「あっ、あつっ、あつしく…!?」
一瞬で茹で上がったみたいに真っ赤になり吃る伊緒ちんは、ぱくぱく口を動かして俯いてしまった。手から、かしゃんとボールペンが滑り落ちる。
「ねえ、すぐテンパっちゃう方?」
構わず椅子から少し腰を浮かせて更に近付いた。
「あ、敦くん!もう!」
伊緒ちんは目元を右手で覆って、左手を顔の前で振る。
ちょっといじめすぎたかな。俺は座り直して伊緒ちんを観察した。
「確かに、落ち着きがないってよく言われるけど…!」
頬をぱたぱた扇いで伊緒ちんが俺を睨む。
「それより、勉強!あともうちょっとだけお願い」
空調暑いねとかなんとか誤魔化しながら、伊緒ちんは着ていたパーカーを脱いでテーブルに転がったペンを手に取った。
またノートに向かい手を動かし始める。そのとき、少し姿勢を屈めた伊緒ちんに違和感を感じた。
「!」
俺は、気付いてしまった。

(伊緒ちん…シャツのボタン一個閉め忘れてる)


伊緒ちんは本当に緊張しいのテンパり屋だった。
どれだけ焦って着替えてきたんだよ、と内心頭を抱える。気持ちは嬉しいけど、困るよ伊緒ちん。
普段見えていない胸元が、リボン越しに少しだけ見えていた。
いや、見たらだめだけど。だめなんだけど。
目の前にいるし、本人絶対気付いてないし。

言える訳ないし。

気にしないでおこうとすればするほど、視線はそっちに行ってしまう。
伊緒ちんにあるのは色気よりかわいげだ。なのにというか、だから却ってというか、なんか。
(やらしい、っていうとちょっと語弊があるけど…)
すきな女の子だし、仕方ないでしょ。
だけどすきな女の子だからこそ、そんな目で見ちゃいけない。
というか、俺が見なくても誰か他の奴にこんな伊緒ちん見られたらどうしよう。
(捻り潰すしかないじゃん)
考えただけでも、ムカムカしてきた。
だから、
「ねえ伊緒ちん、ボタン一個開いてるよ」
って言えば言いだけなのに。言えないのは。

「ここは、この式だよね。合ってる?敦くん」
「…うん、合ってるよ…」
向かいの席から俺を見上げてくる伊緒ちんの目が、真剣そのものだから。
もう見てもいいよってことなのかな。
(って、いい訳ないし)
そんなに俯かないでよ!とさすがに声を上げたくなったとき、暫く考え込んでいた伊緒ちんが顔にかかった髪を耳にかけた。その仕種すら、いつもと違う気がして目が離せない。

(あっ)

見えた。
「敦くん!?」
ごん、とテーブルに額を打ち付ける。
慌てた声で伊緒ちんが俺を呼んで、肩を揺すった。
「大丈夫?眠たかった?」
席を立って傍らにやってきた伊緒ちんは、顔を上げようとしない俺の背中や腕をわたわたと摩る。
「無理に付き合わせてごめんね、帰ろう」
そうじゃねーし。
眠いどころか今日寝らんねーし。
「伊緒ちんさあ…」
「うん?」
おでこ痛いよね、とかそういう心配要らないから。
冷たいテーブルに頭をつけたまま首を捻ると、伊緒ちんと目が合う。
「!」
更に留めだった。
屈み込んだ姿勢で俺を見上げられている。
撃沈。

胸元から覗いたレースと淡色を、忘れることは出来ないだろう。
他の奴にそんなことしたら許さないからね。



伊緒ちんのばか!


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