「で、伊緒ちんはさぁ」
敦くんは空になったお菓子の袋たちを片付けながら唐突に切り出した。
どうやらおやつの時間は終わりらしい。そういえばさっき、掃除終了のチャイムも鳴っていた。
「?」
「さっきなんで泣いてたの」



コーチ就任


まさかそれを掘り返されるとは。
私が泣いていたことは決定事項らしい。確かにそうだけども。さっき否定はしたはず。答えに困って、「えーと、それは、その…」とことばを濁す。

「悩みごと?」

彼は私の顔を心配そうに覗き込んできた。
悩みごと、なのかな。
“破壊神”と呼ばれていること、その由来の私の怪力やそれが原因の器物損壊行動、クラスから追い出されたことに『女じゃない』と言われたこと。
全てが私を塞ぎ込ませる。
「多分ね。でも、どうしようもないことだから」
私が力無く笑うと、彼はふーんとシンプルに反応して立ち上がった。
私の腕を掴んで。

「わっ、ちょ、敦くん?」
「じゃあさ、赤ちんとこ行こ」
「あ、赤ちん?」
今から部活だし、と有無を言わせず敦くんは歩き出し、私は半ば引き摺られるような形になる。
「俺はばかだから伊緒ちんの力にはなれないけど、赤ちんなら解決してくれるよ」
赤ちん、って部活の仲間だろうか。
(いや待てよ…“赤”ってまさか)

「バスケ部主将の赤司征十郎!?」

「そうだよー」
す、ストップ!
私は今からあの人に突き出されるのか?赤司くんといえば、バスケ強すぎ・頭良すぎ・人従えすぎの三拍子揃った帝光中最強の御仁じゃないか。
(え――――!)
いいってば、と言おうとしたけど、握られた大きな手を解くことは出来なかった。


「君が真田伊緒か」

「はあ…」
敦くんによって赤司主将の前に差し出されてしまった。なにこの人威圧感すごい。
私は完全に縮こまっているというのに、片や敦くんは平然としている。
(バスケ部って……異次元だなぁ)
と現実逃避をしていると、

「なんか困ってたから連れてきた」

彼がこの上なくシンプルに説明した。いや、赤司くんに突き出されて困ってます。
「オレになんとかしろと?」
「うん。赤ちんなら出来ると思って」
赤司くんも困ってます。その証拠に盛大に溜め息を吐いてから、私の顔をまじまじと見た。
手にしているバインダーへの書き込み作業も止まっているし、私本当に迷惑なのではなかろうか。
いつの間にやら部員たちも集まってきて、周囲も騒がしくなってきた。
「赤司、そろそろ始めるのだよ」
「ああ、そうだな…先に始めてくれ」
「なになに赤司っち、誰スかその子――――って、あ!」
敦くん程ではないにしろ、背が高く迫力のある部員たちが赤司くんの傍に寄ってくる。その内の一人、金髪の部員が私を指差した。ぎくりと嫌な予感が走る。

「アンタ真田伊緒っしょ!あの破壊しぶふっ」

彼は間違いなく私を知っていて、“破壊神”と呼ぼうとした。しかしことばを紡ぎ終えることは出来なかった。
何故なら、敦くんによって遮られたからだ。しかもかなり手荒い実力行使で。さっき私の手を引いていた大きなその手で、彼の顔を正面から掴んでいる。恐らく本人は口を塞いだつもりなのだろうが。

「黄瀬ちんうるさい。今度伊緒ちんのことそやって呼んだらヒネリ潰す」

「いだだだだだ!痛いっス!これは!ヒネリ潰してるの内に!入らないんスか!」
黄瀬ちんと呼ばれた彼がばたばた抵抗すると、敦くんはあっさり彼を解放する。ふらふらと覚束ない足取りで彼は顔を両手で押さえた。
「大丈夫ですか、黄瀬くん」という声も聞こえる中、敦くんは私に「大丈夫ー?」と聞いてきた。
「敦くん…」
もしかして、とは思っていた。彼は、私が嫌っているあだ名を呼ばせまいと庇ってくれたのだ。

「大丈夫だよ」

今度は強がりではなく、心から彼の思いやりにそう答えることが出来た。敦くんが、上機嫌に頷く。
しかしほっとしたのも束の間。

「いつまで遊んでいる。早く練習を始めろ」

赤司くんがぴしりと言い放った。一斉に部員たちが散っていく。

「敦もだ。―――真田伊緒、君はこっちへ来い」

わたわたと周りを見渡すと、敦くんがじゃあねーと私に手を振っていた。私の身柄は彼に一任されたのだ。

(なんでそんなとこだけ淡泊なんだ!)

私は目一杯恐縮しながらあとについていくしかなかった。

「あの敦が随分と執着しているようだから、取り敢えず話は聞いておこうか」

「え」
なにこの意外な展開。
縁も所縁もない彼に、いきなり「私怪力で困ってるんです」と言うのか?
というかそれを人に言ってどうするんだ…。

時間が進むにつれ、館内の熱気は増していく。いつまでも赤司くんを拘束している訳にはいかない。なんとか簡潔にお断りをせねば、と逡巡していると、
「確か君は体力テストの結果が校内女子で一位だったな」
「は!?」
いきなりなにを、そして何故知っている。私の間抜け面で察したのか、彼は続ける。
「今ふと思い出したんだ。あだ名は…言わない方がいいらしいが」
やはり赤司くんも聞いたことくらいはあったらしい。ちらりと敦くんを見遣った。
「そうしてくれると助かります」
私もつられて目で敦くんを捜した。やっぱり目立つな。
「噂を小耳に挟んだことがある。今日も学校の箒を一本壊したとか」
「なっ…」
おいいぃ!噂速えよ!それ“小耳に挟んだ”程度か?
私がことばを失っていると、赤司くんが先手を打ってきた。
「悩みの種はその力か。どうやらコントロールする術を身につける必要がありそうだ」
顎に指をやって、彼は大真面目に言う。私にはさっぱり解らない。
「えーと、それはつまり…」
赤司くんが私の怪力をなんとかしてくれるということなのだろうか。
私からは殆ど話をしていないが、引き受けちゃう方向なんでしょうか。

「君にやる気があれば、の話だが」

妙に説得力のある笑みを浮かべ、彼は腕を組んだ。

(これは、人と関わるチャンスかも知れない)

前向きに、考えなければ。
よろしくお願いします、と頭を下げる。

「赤ちんなんとかしてくれるの〜?よかったね、伊緒ちん」

こちらの様子を見ていたのか、敦くんが汗をうっすらと浮かべながらこちらへやってきた。やっぱり何処か機嫌は良さそうで。

「うん、よろしくね」
赤司くん、敦くん。


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