28


「口に合うかは解らないけど」と断りながら赤司くんとさつきちゃん、黒子くんにお菓子を差し出した。


早く、俺のものに


「有り難く頂くよ」
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
赤司くんはさほど表情には表してはいなかったが、みんな喜んで受け取ってくれた。
その間敦くんは外方を向いていたが、
「はい、敦くん。今日はたくさんありがとう」
残った三つの袋を全て渡すと、表情を輝かせる。
「わーい伊緒ちんありがとう!」
今にも袋を開けてしまいそうな目でそれらを見つめた。お昼も同じものを食べたはずなのに、新鮮な喜びをその顔に惜しみなく湛えている。
(作ってきてよかった)
胸を撫で下ろしながら、ふと先程思ったことを口にする。
「あ、それと赤司くん」
「なんだ」
「最近、力を込める感覚っていうのが解ってきたような気がする」
「そうか」
彼は頷いた。
「その感覚は、続ければ必ず身に付く。また明日、大輝と真太郎でも試してみろ」
やはり赤司くんはすごいなとつくづく思う。人を導く能力に長けているというか。
「はーい!」
もう先生と呼ばせてほしいくらいだ。


「あともうちょっとで終わる?」
敦くんが駅に向かいながら、尋ねてきた。終わる、とはなんのことだろう。
「赤ちんの特訓」
「ああ」
どうかな、と私は顎に指を当てて考える。感覚が掴めてきたとは言え、私の飲み込み次第だ。当初は一ヶ月くらいの目処が立てられていたが、赤司くんの見通しでいうとどの辺りまできているのか私にも判然しない。
「もう少し、だと思う」
「ふうん」
首を傾げながら答えると、彼は鞄から小さな包みを取り出した。
片方を、「どーぞ」と差し出される。
「ありがとう」
一緒に帰ると、必ずと言っていい程敦くんはなにかしらお菓子をくれる。
「ブラウニーのお礼…には足りないけど今日は一番のお気に入りあげるね」
掌に乗せられたそれに描かれているのは苺。一口大のチョコレートだ。
さっきの様子から、てっきりブラウニーを食べながら帰るのかと思っていた。しかしそれは、家でゆっくり味わうとのこと。
お菓子にこんなに作り甲斐を感じたのは初めてだ。
もらったチョコレートを口に含んで舌の上で転がす。甘酸っぱさがじわりと広がって、苺の香りが鼻から抜けた。
「…ならないかなあ」
敦くんがなにごとかを呟いた。
「え?なんて?」
丁度そのとき通りすがった車の音に掻き消されて聞こえず、私は訊き返す。
「んーん。なんでもなーい」
けれど敦くんははぐらかして首を横に振った。
「?」
どんな独り言だったのだろう。


昼休みの食堂に、今日もみんなで集まった。向かいに座った青峰くんが、私を箸で指差す。
「黄瀬が言ってたぜ、お前弱くなったんだって?まじで今日負かす!」
「それちょっと違う」
なんか語弊が…と思ったが、目指してるところは大体そんな感じなので、まあいいかと流した。
因みに黄瀬くん私に勝ってないぞ。
「最近めちゃくちゃ調子いいからな。勝てる気がすんだよ」
「へえ」
私も調子いい気がするんだよね、とはわざわざ言わなかった。私の“調子がいい”はイコール力が上手く制御出来そうという意味だからだ。
赤司くんの指示である「勝たないこと」は青峰くんの闘争心とは対極にある。取り敢えず黙っておこう。
斜向かいの赤司くんが、楽しそうに笑みを浮かべていたけれど。


「用意はいいか。…始め!」
ストップウォッチを手にした赤司くんの合図で、お互いに腕に力を込めた。
ウォーミングアップを終えた青峰くんはほぼ本調子だ。
「マジで弱くなってんなお前」
確かに初めて対戦したときよりも圧を感じる。彼が手を握り直し、更に力をかけてきた。
「青峰くん強くなってるね」
認めはする。しかし、それでもまだ私の方が上なのは解った。圧されて傾きかけた手を、床面に対し垂直に戻そうと私も力を入れ直す。
すると、ぱたりと青峰くんの腕を倒してしまい、手の甲が床についた。
「あっ」
「なっ、おい!」
彼が驚愕の表情で自分の手と私の顔を交互に見る。私もびっくりした。全く力を入れたつもりはなかったのだ。
「ふむ…真田、青峰、左手でもやってみろ」
なにか言いたそうな彼より、赤司くんが先に口を開く。唇を固く結んでへの字に曲げている青峰くんと手を組み直した。
私も、自分でなんとなく解っていた気がする。
勝負は、始まった途端に終わった。


「俺としたことが、失念していたようだ」
赤司くんは、無表情で言い放つ。
「真田にもまだ伸び代があったとはな」
そう、私はこのバスケ部でお手伝いをするようになってから、更に成長してしまっていたのだ。
「そんな馬鹿な…」
可能性はなんて無限大なのだろう、余計な方向に。
「コントロールも出来るようになってきてはいる。しかし成長抑制に切り替えるべきか…」
彼が難しい顔をする。
「お前ポテンシャル高すぎ」
青峰くんがげんなりした様子で手にしたボールを弄り始めた。
「う、うるさいな!私だって」
すき好んで筋力アップした訳ではない。そう言い返してやろうかと身を乗り出したが、肩に大きな掌を載せられ止められる。
「峰ちん…?」
背後で、瞳孔の開いた敦くんが指をぱきぱきと鳴らしていた。
「ちょ、敦くん!暴力はだめ!絶対!」
私に言えたことではないが、慌てて止める。何処ぞのキャッチフレーズみたいだった。
「方向性を変える必要がある。少し考えよう」
赤司くんの一言で、その場は一旦解散となった。


その日の部活終わりに、またしても赤司くんの指示で緑間くんとも対戦したが結果は変わらず。彼が出した結論とは如何に。
次の日の昼休み、私は赤司くんから体育館に呼び出されていた。
当然のように敦くんも一緒についてきてくれて、彼と対峙する。いつかのような光景だったが、赤司くんの表情はやはり険しい。
「はっきり言って、俺にも真田の限界は予測が出来ない。元々持っているキャパシティも抑えたところで仕方がない。成長抑制も無意味だと結論付けた」
「そ、それはつまり…」
彼も遂に匙を投げてしまったのか、腕を組んで断言する。

「力はいっそ伸ばせるだけ伸ばしてしまえ」

私は、脳天から雷に貫かれたような衝撃だった。
「赤ちん!?」
「そんな!ちゃんと訓練するし頑張るから!お願い、見捨てないで!」
赤司くんは最後の砦なのだ。敦くんと二人して狼狽える。
「誰もそんなことは言っていないだろう」
最後まで話を聞けと一喝されてしゅんと黙った。

「これまでやってきたことは無駄ではないが、迂遠だったと言わざるを得ない。具体的な訓練に移行する」


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