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どういうことですか、と黒子くんは眉根を寄せた。
そのままの意味だ。
全部全部、私が悪いんだ。



泣いていたのは


「こんな私でも、敦くんやみんなと仲良く出来るかもって思った」

だけど、私と彼らでは違いすぎる。
親しくすれは嫉む人がいる、不快に思う人がいる。私なんかが、敦くんたちと気安く関わってはいけなかったんだ。
そこには歪みが生まれて、今日みたいな問題を起こす。

「やっぱり、だめだよ。この力を使っちゃう。バスケ部の為なんかじゃない、自分を守る為に暴力を振るった」

こんなことを二度と起こさないと断言出来ない―――彼らから離れなければ。

「確かに暴力はよくありません。けれど、だからといって大人しく灰崎くんに襲われていればよかったはずがないでしょう。正当防衛ですよ」
彼は、納得がいかないといった風に首を横に振った。
「それだけじゃない。バスケ部にトラブルを持ち込みたくない」
私も、そこは譲れない。
だって私、敦くんがすきなんだもん。
みんなのことが、すきなんだもん。
どんなに身の程知らずだと言われようとも。

「…あとは、赤司くんが決めることですから」

彼には誰も逆らえませんよ、と黒子くんはことばを強める。
「私からも一ついいかな」
今回のことで、私はずっと気になっていた。
「なんでしょう」
「どうして、そんなことを気にするの」
確かに、敦くんとは一番親しくしてきたし、さつきちゃんとだってもう随分と仲良くなれたと思っている。
だけど。

「黒子くんや青峰くんたちには、そんな風に気にかけてもらう理由がない」

私の訓練に一方的に付き合ってもらっていただけで、特に親しく話したことはなかった。
赤司くんは主将としての責任感から、今回のことの片を彼手ずからつけようとしている。その為には私を追い出せばいいだけ。黒子くんが言うような当てにはならないだろうし、彼がそう期待する理由も解らない。
私が彼に説明を求めると、彼は一瞬目を見開いた。
怒りとも悲しみともとれる色を宿して。
「それ、本気で言っていますか」
「こんなところでふざけないよ」
少しむっとして返すと、次に黒子くんは溜め息を吐く。

「桃井さんを通して部活の手伝いをして下さったり、一緒にお昼を食べたり…僕たちとしてはもう友人のつもりだったんですけどね」

残念です、と。
私は、かあっと頬が熱くなるのを感じた。性格にこびりついた卑屈を、たった今指摘されたのだ。
「紫原くん以外は、まだ誰も真田さんに勝てていませんし。ああ見えて、みんな結構単純なんですよ」
一変してふわりと笑い、彼が賑やかな館内に目をやる。
(あ…だめだ)
目の縁に涙が溜まりそうになって、慌てて誤魔化した。
「ああ見えてっていうか、見たままだよ…」
そうですね、と同意して見せた黒子くんは酷く優しい表情をする。
もし彼の言うことが本当ならば、当然嬉しい。
だけど、私から彼らに執着してはいけない。

「ありがとう、そんな風に言ってくれて。部活、頑張ってね」

私は踵を返し、黒子くんの「真田さん?」と呼び止める声に聞こえない振りをした。


ロッカールームに鞄を取りに行き、こっそり体育館を出ていく。
自主練が始まったようで、部員の人数が少し減っていた。このまま人に紛れて校門を抜けようとした。

「伊緒ちん!」

僅かな話し声に混ざって響いてきた、私を呼ぶ声。
突然近付いてきた足音に振り向く前に、手を取られる。敦くんだ、と認識するのと目が合うのとは同時だった。
「あ、つし、くん…」
細い声が、喉から漏れる。薄暗い中で光った双眸は、揺れることなく私を睨んだ。
「なんで帰ろうとしてるの。俺、待っててって言ったじゃん」
静かな口調に、僅かな恐怖を覚える。
「一人でも、大丈夫だよ」
私は首を横に振った。
「そういう問題じゃなくて、俺が心配するし」
彼は私に対する怒りを必死で抑えていることを、その声色で悟る。
「わ、わかってる、けど…」
「わかってない。伊緒ちんはわかってないよ」
宥めようとするも、私の意図とは反対に感情を逆撫でしてしまったらしい。

「なんで伊緒ちんは、俺の気持ちを一個も受け取ってくれないの」

敦くんの気持ち、と言われて私は彼と出会ってからの様々な出来事を思い返した。
助けてくれたり、お菓子をくれたり、普通に接してくれて、沢山嬉しかった。
それはもう、両手で受け取るには余りある程。

「そんなに、要らない?」

違う、そうじゃない。
どう反応すればいいのか、どう思いを返せばいいのか、私はまるで術を知らない。
嬉しい、だけど。
楽しい、だけど。
いつか傷付ける、いつか離れるときがくる―――そんな考えがいつも影を落としている。人とまともに付き合ったことのない私には、全てが身に余るものなのだ。

本当は、欲しいよ。
敦くんの優しさ全部。
独り占めしたいよ。

言える訳がない。動かない唇が震えた。
いい加減、彼もこんな私には愛想を尽かすだろう。
そう思ったのに。

「難しく考えなくていいよ。一緒に、いつも通り帰るだけだから」

ねえ、待っててよ。
なんて、敦くんは何処までも私を甘やかす。

私は、さっきまでの恐さなどもう微塵も感じられない彼に手を引かれて体育館に戻った。
赤司くんからはお咎めの視線を受けたけれど、何も言わず敦くんに今日はもう帰るように指示を出した。



私には難しく考えなくてもいいと言いつつも、彼自身は多くのことを考えていたに違いない。
だって、前を歩く背中があんなに滲んでいたのだから。


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