18



さつきちゃんが、私の両手首と左足に湿布を貼ってくれた。
あまりにも暗い顔をしているものだから、申し訳なくて仕方がない。
どう謝ったものか、と私は彼女の手を見つめていた。



失うばかり


「あとは背中?」
足に貼った湿布をテープで固定し終えたさつきちゃんが顔を上げる。
「え、あ、背中…は、もう大丈夫だよ」
本当は骨がぎしぎしと痛んでいるが、湿布を貼る類のものではなさそうだ。
それに、どちらかというとドアに圧接された肋骨の方が痣になっていそうだ。しかし、その痣もそう何日と残るものではない。
「ありがとう」
私は捲っていたジャージの裾を下ろした。

「あのね」
「うん?」
救急箱を閉じながら、さつきちゃんは口を開く。
「伊緒ちゃんがいなくなったって、最初に気付いたの私だったの」
「そうだったんだ」
さすがはさつきちゃん。優秀なマネージャーだけあって周りをよく見てるんだな。
私は再度お礼を言おうとしたが、彼女はどうもそんな表情ではない。
「どうしたの?」
俯いた顔を覗き込んで、ぎょっとする。
さつきちゃんが、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣いていた。
「さ、さつきちゃん!?」
肩を撫でて、泣き止むよう促す。
「ごめんね、ごめんね、ムッくんにそれを伝えたのも私だったの…」
でも、ムッくんが伊緒ちゃんを捜しに行くって言ったとき、私引き留めちゃったの―――彼女はしゃくり上げながらそう言った。
「こんなことになるだなんて、思わなくて」
「なんだ、そんなこと」
それで敦くんはあんなことを、と漸く合点がいく。
「そんなことじゃない!私じゃきっと伊緒ちゃんを見つけることも、助けることも出来なかった」
彼女は一層落ち込んでいく。
なんて言ったら、その罪悪感を拭えるだろうか。私は暫く思案した。
そして、
「こんなことになるなんて思ってなかったのは、みんな一緒だよ。敦くんに知らせてくれて、ありがとうね」
ポケットからタオルを取り出し、さつきちゃんの目元にそっと当てる。
「伊緒ちゃん…!」
「わっ」
彼女はがばりと抱き着いてきて尚もぐすぐす泣いた。
「大丈夫だよ」と何度も伝えて、その背中を摩る。
しかしその一方で、不謹慎ながら私はさつきちゃんの髪から漂う柔らかな香りに酔いそうになっていた。
ちょっと背骨が痛かったけれど。



部室から出てみんなの元へ戻ると、赤司くんはさつきちゃんにこのあとのスカウティングの準備をしておくよう指示を出した。
一方の私はというと、隅で大人しくしていろとのこと。
「帰りは敦に送らせる。まだ帰るなよ」
彼からも釘を刺すように言われてしまい、どうやらこっそり帰るという手はないらしい。

ぼうっと練習風景を眺めていると、口元を押さえた黒子くんがふらふらとやってきた。顔色もかなり悪い。
「黒子くん!どうしたの!」
タオルとドリンクを持って駆け寄った。
「す、少し気分が…」
「吐きそう?」
私は肩を貸して、彼を外の流しまで連れていく。
そういえば、ハードな練習の中で黒子くんが吐き気を訴えているところは、何度か見ていた。
流し台の後ろで待機し、水道の栓が閉められたのを耳で確認するとタオルを渡した。
「大丈夫?」
「はい、すみません」
「いえいえ」
次いでドリンクも差し出す。
しかし黒子くんはそれを飲まず、じっと見つめている。
「あ、要らなかった?」
「いえ…」
まだ吐き気が治まらないのだろうか。
こういうときのケアの仕方を知らないので、困ったものだ。さつきちゃん呼んでこようか、と提案しようとしたとき彼が訊ねてきた。

「真田さんは、怒っていないんですか」

「へ?なにに?」
唐突な切り出しに、首を傾げる。
今日のことについての問いなのだろうが、彼が指しているものが解らず思わず聞き返してしまった。
「僕や青峰くんは、真田さんを捜しに行こうとした紫原くんを止めたんですよ」
ああ、同じような話をついさっきさつきちゃんからも聞いたな。
「僕たちに対してだけじゃありません。一連の出来事に対して真田さんからはなんの怒りも感じられません」
普段からもの静かな黒子くんだが、視線はやけに強くて目が逸らせない。
「怒るとか、そういうのじゃないんだ」
バスケ部の迷惑を顧みない灰崎たちのやり方や、結果として私自身がバスケ部に迷惑をかけてしまったことへの怒りは確かにある。
けれど、それよりも。
「ただ……」
「ただ?」

「私が悪かったんだ、って思って…ちょっと凹んでるかな」


こんな力があっても、否、あるからこそ、きっと手に入れられる縁がある―――ずっとそう信じてきた。
でも、もうさすがに無理かもしれない。

なにもかも、失うばかりだ。


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