17



敦くんは声を荒げ、私を自分の後ろに隠した。
なにが起こっているのか、倉庫に閉じ込められたとき以上に解らない。



理由が解らない、痛みが解らない


「どうしたの、敦くん」
私のそんな問い掛けにも答えず、彼は目の前のみんなに牙を剥いた。

「白々しいんだよ!俺が伊緒ちん捜しに行こうとしたら止めた癖に!本当は伊緒ちんのこと…心配なんかしてねー癖に!」

「あ、敦くん…」
敦くんはこちらをちらりとも見ないまま、私の手を握る。
みんなは押し黙ったまま、なにも言わない。
私が閉じ込められていた間に、なにがあったというのだろう。

確かに、私の世界はもう敦くん一人では完結しないかもしれない。
だけど、あくまでも中心は彼。
今のことばを聞いて、これ以上になにが要るというのか。

「敦くん、いいんだよ。言ったでしょ、敦くんが来てくれてよかったって」
それに、さつきちゃんたちの表情を見れば解る。彼らもまた、私のことを心配してくれている。
これは、誰にも予想出来ない出来事だったのだ。
「そんなの結果だけの話じゃん」
「そうだよ、それでいいの」
どうか、それで納得してほしい。
寧ろ、私はバスケ部に迷惑をかけてしまった。敦くんに庇われる資格なんてない。
「本当は、私の方が赤司くんやバスケ部に謝らなきゃ」
私が苦笑いを作ると、漸く彼は私の方を見てくれた。
「あのね、あの倉庫で灰崎と一戦交えちゃって…ぐちゃぐちゃに散らかしちゃったの」
「…どういうこと?」
「部の不祥事に出来ないから、倒して黙らせようとしたんだ」

要するに、私は人を殴ってしまった。

「私、ずっとみんなの厚意に甘えてた。部員でもない生徒が出入りして、顰蹙を買うことだって予想出来ないことじゃなかったのに」
面倒ごとを起こしてごめんなさい、と頭を下げる。
ずっと黙っていた赤司くんが、口を開いた。

「それは、もうここには来ない、ということか」

「……うん」
私が彼の目を見据えてしっかりと頷くと、
「なんでそうなるの!」
再び敦くんが吠えた。
私だって、もうこの部もみんなのこともとっくにすきになっている。
だからこそ、尚更来られない。

「―――わかった」

赤司くんは私の肯定を神妙に受け取ってくれた。
「赤ちん!」
「落ち着け敦」
そして尚も興奮状態の敦くんを制する。

「真田、今回のことは俺の監督不行き届きだ。お前が謝る必要はない」

悪かった、彼は確かにそう言った。
私は一瞬耳を疑う。
主将だからといって、彼に非はない。
さつきちゃんや黒子くんたちも、静かに驚いている。しかし、赤司くんは構わず続けた。
「マネージャーは勿論、元部員だろうとバスケ部の問題には変わりない。俺が責任を持って処理しよう」
表情を全く崩さず宣言され、思わず「はい?」と間の抜けた声が出る。
多忙な彼の手を煩わせるようなことはしたくない。
騒ぎを大きくしたくなどないし、私がもうここに来なければいいだけのことだ。
「そうもいかない。今後、誰も真田に手を出せないようにする」
「ちょっと、赤司くんも落ち着いて。私なら大丈夫だってば。腕っ節なら誰にも負けないし」
いくらなんでも大袈裟だと反論するも、殆ど取り合ってもらえず赤司くんは首を横に振った。

「敦の本意だ」

そんな馬鹿な、と敦くんを見上げた。
「っ……」
じ、と無言で見つめ返され、ことばが出てこない。肯定を表す沈黙。
「俺達だって、こんなことになってしまって後悔しているんだ。すぐに対策を講じよう」
どうして、なんで、そこまで。
そんな風に気を使ってもらう理由などないのに。

「伊緒ちん」

敦くんが幾分か落ち着き、くるりとこちらを向いて屈んだ。
「何処が痛い?」
「え?」
「痛いとこ。言って、全部」
痛いところ…って、怪我してないかってことかな。
「な、ないよ」
手首や足は少し痛むけど、怪我というほどでもない。私は首を横に振った。
しかし、
「嘘吐かないで」
彼にはお見通しらしい。この目には、どんな嘘も吐かせてもらえないようだ。
「……あの、ね」
「うん」
「両手首と、背中と、左足が…ちょっと痛い」
困ったように笑ってみる。多分、これも敦くんには通用しないだろうけど。
しかし予想に反して、彼は「ん」と一言。静かに手を引かれ、部室内の椅子に座らされた。敦くんもその隣に腰掛ける。
「赤ちん」
彼は、私の手首をゆっくりと摩った。
「なんだ」
「俺、崎ちんもマネージャーも許せないから捻り潰したい。でも、伊緒ちんが問題を大きくするのは嫌がってる。本当になんとか出来るの?」
念を押すように、敦くんが赤司くんに問った。
「ああ、するさ。バスケ部に仇為すものは取り除く」
彼が澱みない答えを返すと、敦くんは唇をぎゅっと咬んで立ち上がる。
「?」
そのまま部室を出ていこうとするのを、さつきちゃんが「ムッくん?」と呼び止めた。
彼はむすっとして振り返る。
「なにしてんのみんな。早く出てよ」
今からさっちんが伊緒ちんの手当てするんだから。
敦くんがそう言ってさつきちゃんと私を除く全員を退室させた。

「今日は家まで送るから。まだ帰んないでね」
閉めかけたドアの隙間から、約束を取り付けて。


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