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二軍体育館に駆け込むようにして入っていくと、そこは思ったよりもずっと人が多くて騒がしかった。



気に入らない


でも、いない。
伊緒ちんの姿は、ない。
見つけられないんじゃない、いない。

「紫原くんだー」
「どうしたの?」
「コーチならさっき出ていったよ」

入口から館内を見渡していると、マネージャーが群がってきた。
「別に」
うるさいうるさい。
俺は伊緒ちんを捜してるんだ。
「あ、そうだ、紫原くん」
念には念を入れて、ロッカールームや倉庫も回っていこう。そう思って歩き出したが、尚も一人のマネージャーがついてくる。「なに」
わざと生返事をするが、そいつは話を続ける。
「一軍にいた灰崎くんてもう辞めたんだよね」
とっくに辞めてるよ。
「さっきここに来てね、二軍のマネージャー何人かとなんか話してたの。三軍の体育館がどうのって言ってたから」
入り浸られたら困るし、主将に相談してもいいかなあ、と最後まで丁寧には聞かなかった。

「……は?」

俺はぴたりと足を止める。
「『今から行ってくる』、って言ってたの、多分体育館のことだと思って」
マネージャーは慌てて付け足した。
こんなところで情報を得ようとは、全く予想もしていなかった。

いなくなった伊緒ちん、おかしなことを言うマネージャー、三軍体育館に向かった崎ちん―――頭の中で、最悪の展開が瞬時に組み上がる。

(伊緒ちん…!)

俺は二軍体育館を飛び出して、三軍体育館を目指した。




「本当に、どうしたらいいんだろう…」

敦くん、心細いよ。
時間も解らないし。
電気のスイッチが庫内にあったお陰で、明かりだけは確保出来るのがせめてもの救いだ。
もうどれくらい経ったのだろうか。

だめだね。
敦くんに守られすぎてて、弱くなっちゃったみたいだ。頼ってばかりじゃ、いけないのに。
一人でいるのが、普通だった。
誰にも助けられないのが、普通だった。
それなのに。

(いや、そんなこと考えてる場合じゃない)

自分でなんとかする方法を、考えなければ。
私は、立ち上がって重たい戸をどんどん叩いた。
「誰かいませんか!開けて下さい!」
何度も、何度も。

「開けてやるよ」

「!」
そうしている内に、くぐもってはいるが確かに返事が聞こえた。
「敦くん?敦くんなの?」
戸を叩いていた手が震える。
がちゃりと錠が回った。
ごごご、と重たい音を響かせながらゆっくりと戸が開いていく。
隙間から見えた制服に違和感を覚えながら、視線を上げた。

「ざーんねん。アツシじゃねえよ」

敦くん程ではないが、青峰くんや黄瀬くんと同じくらいの長身に、灰色の髪、獰猛な目。冷たい声に、背筋にぞくりと悪寒が走る。
「だ、誰…?」
一歩後退ると、半身が見えるほど開かれた戸から腕が伸びてきた。
「っ」
「御挨拶だなぁ。開けてやったんだから、まずは礼だろ?」
ジャージの襟を掴み上げられる。
「あ、ありがとう…ございます…」
なにこの人。
バスケ部の人?
大人しく従って礼を述べると、満足したのか鼻で笑って払うように手を離された。
勢いを殺せず、私は二、三歩後ろによろめく。

「灰崎祥吾だ。覚えとけ」

手荒い。
腕相撲に付き合ってくれてるみんなだって、いくら私が怪力でもこんな風にはしない。
敦くんなんて、すごくすごく丁寧に手を繋いでくれるのに。
助けてもらったとはいえ、少し不愉快だ。
「あの」
「あん?」
「出たいんですが」
いつまでも立ちはだかられていては出られない。
それくらい解るだろ、とむっとして睨み上げると、彼はくつくつと笑った。
「それは聞けねえなあ」

「は?」

私が眉間に皺を寄せたのと同時に、どんと突き飛ばされる。
受け身もとれないまま、尻餅をついた。
「った…!」
倉庫に入ってきた彼が、後ろ手に戸を閉める。
「なに、するの」

「ちょっとばかし遊ぼうぜ」

そう言って一歩一歩じりじり近付いてくるから、私も下がっていく。
遊ぶなどと言われても、どうも物騒な展開しかイメージ出来ない。

(もしかして、私って今ピンチなのかな)

それにしたってこいつは気に入らない。

「まあ聞けよ。俺ぁ最近までバスケ部でスタメンだったんだけどよ。赤司に退部させられちまって、ちょっと頭にきてんだ。しかもリョータが俺の後釜としてスタメンになってやがる。バスケなんざどうでもいいが、このままじゃどうも腹の虫が収まらねえ」

「…だから?」
こんな奴…灰崎が元スタメン?
信じ難い、けれどどうも嘘っぽくもない。そんな実力者が退部させられるなんて、見ての通りどうせ素行不良が原因に違いない。こいつ見てたら黄瀬くんのデリカシーのなさなんて瑣末な問題だ。

「マネージャーの女が教えてくれたんだよ。真田伊緒っつー女を可愛がってやったらあいつらの意趣返しになるってな」

「……なに、それ」
何故そんな図式が成り立った。
なんの勘違いをしているのだろう。ことの原因が、私に向けられた妬み嫉みだったとしても、だ。私を攻撃したところで彼等個人には大したダメージではない。
そんなことより。

(グルで、仕組まれたことだったのか)

ふざけるな。
ここはバスケ部のテリトリーだ。
こんなことをしても、バスケ部に迷惑がかかるだけ。
「あんたも、元バスケ部員なら…」
しょうもなく唆されてんじゃない、と言ってやろうとした。

「ああ?もう辞めたんだから関係ねえなあ」

「な、」
「俺は俺のやりてえようにやる。それだけだ」
凶暴な笑みが深くなる。
なにこいつなにこいつ。全身の血液が沸騰しそうだ。
「大体お前も悪いんだろ?部員でもねえのに出入りされてちゃあ、不愉快な奴もいるに決まってんだろ」
「……」
「あいつらに気に入られたからって、調子乗るんじゃなかったなあ?伊緒ちゃんよ」

(別に、気に入られただなんて思っちゃいない)

でも、反論出来ない。
敦くんに連れられて飛び込んだバスケ部という場所で、ずっとずっとみんなの厚意に甘えてた。
今日だって、敦くんを頼ろうとした。
彼には彼の練習があるのに。
加えて、彼らの人気を知らなかった訳じゃない。
だけど、友達が出来たと思って、浮かれていたのは事実だ。

(これは、私が自分で片付けなきゃ)

灰崎の手が伸びてくる。

バスケ部に迷惑がかからないようにするには、一体どうしたらいいのか。
そもそもバスケ部を辞めさせられた腹いせったって―――。

(……そうだ)

私は寸でのところで手を振り払って立ち上がった。

「あん?」

私も灰崎も、バスケ部員じゃないのなら。どれだけ暴れようが、私闘だ。
バスケ部とは切り離せる。
こいつを黙らせさえすれば、私の証言が全てになる。
『三軍体育館の留守を狙って侵入した灰崎を捕まえた』と言える。

勿論私にも罰があるなら受ける。
もう、バスケ部には出禁になるだろう。
でも部の不祥事という最悪の事態は避けられる。


私は握り固めた拳を振り被った。


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