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伊緒ちんに会いに行くとき、俺はいつも深呼吸をする。




敦くん、って呼ばれるだけで俺はどきっとする。
その声が、すき。

伊緒ちんは、不思議なことに頑張ってるところが全然不快じゃない。寧ろ応援したくなる。力を伸ばす為に努力するんじゃなくて、力を抑える努力をするなんて、変わってる。
そこがいいのかな。
他の子と違うから。

赤ちんが、伊緒ちんの力は才能の一つだって言ってた。有り余る才能を使い熟すのは大変らしい。『お前にはバスケがあってよかったな』って言われたけど、訳解んなくていらっとした。


それはさておき、俺は今日も伊緒ちんを迎えに来た。

お昼休みは、いつも一緒にご飯を食べて、お喋りする。赤ちんたちもいるけど、初めて誘ったときから楽しそうにしてくれてる、と思う。

でも、最近俺はつまらない。
みんなといると、伊緒ちんは赤ちんや黄瀬ちんとも話すから。伊緒ちんが楽しいのはいいことなんだって解ってても、嫌だ。
もっと俺と話してくれたらいいのに。
もっと伊緒ちんのことを知りたいのに。

二人きりだったらいいのに。

伊緒ちんが笑ってるところをみると、独り占めしたくなる。

俺にとって伊緒ちんが特別な子なのはもうずっと前からのこと。でも多分伊緒ちんにとって俺はそういう特別じゃない。
伊緒ちんは、みんなと同じように俺にも接する。
峰ちんも黄瀬ちんも伊緒ちんに馴れ馴れしすぎ。ヒネリ潰したい。ミドチンは知らないけど、近付いたらヒネリ潰す。さっちんは女の子だから、間には入れない。

(伊緒ちんの特別って、まさか…赤ちん?)

二人が親しそうに話しているところを思い出して、胸に黒い煙が充満していく気がした。

(そんなの絶対だめだし)

俺はいつものように深呼吸をして、伊緒ちんの教室のドアに手をかける。

「伊緒ちーん。お昼食べよー」

「敦くん!」

俺が声をかけると、伊緒ちんはがたりと席を立つ。まるで俺を待ってたみたいに、机の上にはお弁当箱を置いていた。
「ごめんねー。待った?」
「ううん」
伊緒ちんはすごく機嫌良さそうに首を横に振る。
「行こー」
さりげなく…かどうかは解らないけど、俺は伊緒ちんの手を取る。もうこれだっていつものことだけど、伊緒ちんはちょっと戸惑っているみたい。

(ねー、伊緒ちん。どきどきする?)

俺と同じように。

って聞いてみたいけど怖くて聞けない。
頭でごちゃごちゃ考えるのは嫌い。でも、口からことばが出てこないのだから仕方ない。

「伊緒ちん、今日はチョコレートのお菓子あるんだー。あとで食べよ」

結局そんなことしか言えなくて、だから本当に伊緒ちんから欲しいことばはもらえないまま。

「本当?やった!」

俺の考えてることなんかなにも知らない伊緒ちんは、「ありがとう」とぱあっと笑った。
それを見下ろして、窓の外はいい天気なことに気付く。
あ、いいこと考えた。

「だからさー、伊緒ちん」

「うん?」


「今日は二人でどっか違うとこ行こ」


そう言って俺は、伊緒ちんの手を引っ張っる。
「え?」と慌ててる伊緒ちんを、暖かい中庭に連れ出した。


「赤司くんたちは、いいの?」
心配そうにしながら、伊緒ちんはベンチに座った。
「さあ。知らない」
赤ちんのことなんて気にしないでよ。
「さあって…大丈夫?」
どうせ先に食べてるよ。来なかったところで、誰も深く考えたりもしないし。

「だって俺、伊緒ちんと二人がいいし」

だめ?と聞けば伊緒ちんはきっと首を縦に振る。絶対拒否しない。
何故なら、俺は伊緒ちんの“一番仲良し”な人だから。
狡いことをしてる。
でもそれは、それくらい伊緒ちんがすきだから。


「わ、私も!敦くんと二人なの、嬉しいよ!」




俺は、いつも伊緒ちんの見てないところで深呼吸をする。
心臓に尋ねてから、伊緒ちんに会いに行く。



準備はいいかい?


(でも、不意打ちはそれをさせてくれない)

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