「またお前か真田…いい加減にしろ――!」
先生はわなわなと肩を震わせ怒鳴った。



邂逅


「いい加減に出来たらとっくにしとるわ――!!」

私は屋上から叫んだ。そして身震いを一つ。
「さむっ」
まだこの季節、カーディガンを着ていても風の強い屋上はつらい。
向かいの校舎、校庭、中庭、と生徒がちらほら歩いている今は掃除の時間だ。
にも関わらず私はこんなところに一人。断じてさぼりではない。教室掃除を割り当てられていたのだが、追い出されたのだ。
何故なら、掃除道具を壊してしまったから。

それも、学校の備品を壊すのは一度や二度目ではない。箒やモップを持てば、必ずと言っていいほど折ってしまう。
だからいつも雑巾がけのみを任されるのだが、今日は
「あ、真田さん、そこの箒取ってくれる?」
「うん」
とうっかり手にしたときにやってしまったのだ。いつもは、細心の注意を払っているというのに。

こんなだから、人のものなど絶対触れないし、そりゃもう色々不便だ。
人とのコミュニケーションだって当然円滑にはいかない。
みんなみんな、私を怖がるのだ。

そしてついたあだ名が“破壊神”。

私だって誰も傷付けたくなんかない。またそんなことを起こすくらいなら、誰も近付いて欲しくない。だから普通に話す程度で、決して親しくはなれない。そういう星のもとに私は生まれたのだ。
嘆きはしない。
だって私は信じているから。

この力がいつか誰かの役に立つということを。
この力のお陰で、いつか掛け替えのない縁を手に入れられるということを。

「でも今日のはなー」

ちょっときつかったかなー。
教室を去り際、クラスメイトの男子が放った一言。

『あいつ、女じゃねーよな』

「ばりばり女だっつの…お前らが貧弱すぎなんだよ」

悪態を吐いたところで心は庇いきれず。

(あれ…)

ぽたり、手摺りを握る手の甲に突然落ちた雫。

「うそ、なんで涙なんか…」
うそ、うそ、なんで泣いてるの、私。どんなに拭っても止まらない。いやだ、泣きたくなんかない。
私は悲観なんかしない。
そう決めていたのに。

もうとっくに限界だったらしい。
私は、小さい子どもみたいに声を上げて泣いた。

「あれれ、誰かいるー」

「!」
がちゃりと背後のドアが開いて、誰かがやってきた。声は明らかに男子のそれで。
派手に泣いていたところを聞かれたかと思い、焦って一瞬気道が塞がる。
顔を見られたくない。でも、逃げ道もない。退路確保のシミュレーションを脳内で繰り返している間に、がさがさという耳障りな音と共に足音はゆっくり確実に近付いてくる。
屈み込んで顔を伏せながら私は「お願いだからそっとしておいてくれ!」と心の中で懇願した。

「泣いてるの?」
が、願いは届かず声の主が私の隣にしゃがんだ。まさか、声まで掛けてくるとは。

「…泣いてない」
「あらら、ごめんねー」
私の否定に対して軽い調子で返すと、彼はいよいよ腰を下ろし、がさがさ、ばり、さくさく、という音を立て始めた。
不思議に思ってちらりと音のする方を見ると、彼はスナック菓子を食べていた。

(なんだコイツ)
なんで見ず知らずの人の隣でお菓子をサクサクやってんだよ。

「あなた誰です」
しかもやたら大きいし。なんか紫色だし。
「あー、俺?」
思わず問い掛けてしまい、怠そうな目がこちらを見下ろした。

「紫原敦」

(…あ、)
名前を聞いて思い出した。
大きくて紫色で、いつもお菓子を食べてるバスケ部員とは彼のことだ。
強豪校のスタメンだし、噂くらいは知っている。

「あんたは真田伊緒でしょー」

彼は私を指差した。部活で活躍している彼を私が知っているならまだしも、何故彼が私を。
しかし驚いたのは束の間で、すぐに思い直した。

「そ、“破壊神”のね」

自虐的に肯定すると、紫原くんはこてんと首を横に倒した。

「なにそれ」

「え?えーと」
予期していなかった彼の返しに、あれ、と今度は私が首を捻る。
「あだ名?変なの」
私の混乱をさらりと流して紫原くんは再びお菓子を食べ始める。

「うん…私もすきじゃない」

いつも、そう呼ばれてからかわれては、笑ってやり過ごしてきた。本当は、ずっと嫌だった。
彼は私の呟きにへー、と相槌を打って新しい袋を開封する。さっきからまいう棒ばっかだな!と突っ込みつつ手元をじっと見ていると、

「じゃあ伊緒ちん」

って呼ぼー。
そう彼は緩く笑った。

ずきゅううううん。

(あれ?)

心臓がおかしな唸り声を上げる。息苦しくて、胸がざわざわして、私も彼を名前で呼びたいと思った。

「あ、」
「ん?」
「あ、あつ、敦くん!」
勢い余って思いの外大きな声が出た。
おかしいと思われただろうか。恐る恐る彼の顔を窺ったが、
「なにー」
特に不審がる風もなく、聞き返される。
「えっと、そう呼んでもいいかなって」
“伊緒ちん”って呼ばれたら、“敦くん”って当たり前に返したいと、思ったのだ。

「いいよ、伊緒ちん」
「…!」
「敦って、呼んでよ」

彼はさっきよりもふにゃりと笑って、

「敦くん!」

私も頬が自然と緩んだ。


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