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「伊緒ちんもう帰っちゃうの?」

「うん、ごめんね。もう少しいたかったんだけど、親から連絡あって」



今日も伊緒ちんはバスケ部の練習中に体育館に来ていた。
峰ちんたちと左右の腕で二回ずつ腕相撲の試合をして、いつも通り全勝。

「あとちょっとな気がするんだけどなぁ」
左手だと、峰ちんと黄瀬ちんは全く相手にならないって苦笑いしてた。
「私、別に両利きじゃないんだけど…左右で握力同じでさ」
だからミドチンと試合すると、右手より左手の方が手応えがあるとか。

そして休憩時間の今、俺に二敗。

「敦くんは強いね」

伊緒ちんはにっこり笑った。


時々思う。
伊緒ちんの手は、誰のものなんだろうって。
多分、俺が一番伊緒ちんの手には触ってると思う。丸くて、ちっちゃい手が可愛くて、つい触りたくなる。
だから、よく手を繋ぐ。

でも、峰ちんたちとも抵抗なく手を握ってる。俺と手を繋ぐのも、別に“すき”じゃなくて、“嫌じゃない”だけなのかな。

伊緒ちんを誰にも取られたくなくて、俺の考えは行ったり来たりを繰り返す。
つまり、結論が出ない。

こんなにこんなにすきなのに。
毎日毎日すきになるのに。

どう伝えたらいいのか考えるより、伝えたらどうなるか、マイナスな方向に考えてしまう。
もしもすきだって言ったとして、伊緒ちんがそれを拒否したら。
俺の気持ちを、要らないって言われたら。
(一緒にいられなくなる…)

仮にこのままでずっと過ごしていって、一緒にいることが当たり前になったとしても、距離が縮まる訳じゃないし。

考えすぎに効く薬が欲しい、なんて下らないことまで考えて。

取り敢えず、少し久し振りに一緒に帰ろって誘ってみようかな。
なんて思っていた矢先のことだった。
伊緒ちんの携帯電話が鳴ったのは。


「いとこ一家が来たから、帰ってきて顔出しなさいって」

伊緒ちんは部員じゃないから先に帰っちゃっても問題はないんだけど。
「そっかあ…」
また明日、誘えばいいだけなんだけど。
こんなに残念なのも、俺だけかな。

「また、明日ね。敦くん」

「…うん」

本当は、今日話したい。今日一緒に帰りたい。
「そ、そんな顔されると…帰りにくいよ」なんていうくらいなら、帰らないでよ。

「そうだ、敦くん」

困ったように笑う伊緒ちんは、鞄を肩に掛けながら提案してきた。

「明日、一緒に帰れないかな」

まるで、俺の心を読んだみたいだった。
「……」
伊緒ちんの方から誘ってもらえるなんて思ってもみなくて、聞き間違いじゃないかと一瞬疑った。

「あ、無理ならいいの、なにか用がある訳じゃなくて…明日は遅くまで残れそうだし、ちょっと久し振りかなー、なんて」

伊緒ちんは真っ赤な顔で誘ってくれた理由を早口で説明する。
俺が断る訳ないのに。

「明日、絶対だよ」

俺は伊緒ちんの顔を覗き込んだ。
コンビニに寄り道してお菓子買って、二人で半分こして、そうやって帰ろうね。
ちゃんと、乗り換えまで見送るから。

「…うん!」

我慢するのは嫌い。
本当は、今日一緒にいたい。



だけど、バイバイ


明日の約束の為に。

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