26


スポーツ用品店に向かう道すがら、さつきちゃんに午前からお昼休みの間にあった話した。
彼女の耳にも情報は少なからず入っていたらしく、心配してくれていたという。


彼の動機付け


「落ち込んでるんじゃないかと思ってたの」
詳細を知って、さつきちゃんは悲しそうに視線を落とす。
「そうだね、少し前ならそうだったかも。今は平気なんだ」
見ての通り元気だよ、と戯けてみせる。
「どうして」
「それは…あ、敦くんが」
心配してくれて、怒ってくれて。
(抱き締めて、くれたから)
敦くんの掌の感覚や私を包み込んでくれた大きな身体を思い出して、顔から湯気が上がりそうになる。誰になにを言われたかなど、どうでもよくなる程に。
「ムッくんが、なに」
足を止めてしまった私の前に立って、彼女がにやにやと目を細めた。
「なんでも、ない!」
大きく首を横に何度も振って、私は口を閉ざす。
「なんでもなくないでしょ」
ずいと顔を近付けてきて、さつきちゃんの笑みが深まった。
「は、励まして宥めてくれたの!」
「へえぇ?」
自棄になって端的に答えると、まだなにか訊きたそうにしながらも引いてくれた。
「それに、さつきちゃんたちがいてくれるからね」
歩みを再開してもう一つの理由を付け足すと、彼女は「えっ」と驚きつつ照れた様子を見せる。
どれだけの人になにをいわれても、彼らがいてくれたら、それで。
一人じゃないという、それだけで。
(私は、救われてる)
彼らが思うよりずっと、私は感謝しているのだ。
「それは、伊緒ちゃんの人柄だよ」
初めて会ったときから優しい子だったから、とさつきちゃんが口元に柔らかな弧を描いた。
それは、
(さつきちゃんの方だよ)
私を、受け入れてくれているのだから。


「伊緒ちゃんも手作りお菓子作戦なんてやるじゃない」
店内で商品を見て回りながら、彼女はそんなことをふと言った。
「さ、作戦だなんて」
あれは、みんなへの日頃のお礼だ。
「私もやってみようかな」
さつきちゃんは胸の前で手を握る。
「青峰くん?」
やっぱりただの幼馴染みとか言いながら、すきなんじゃないか。今度は私がふふんと笑って尋ねた。
「違うってば!あいつ試合の度にお弁当作ってあげてるけど、文句ばっか言うもん」
彼女は頬を膨らませ、肩を怒らせる。
「あ、そうなの」
ピンと立てた示指をへろりと下げた。

「テツくんにね、あげたいの」

「黒子くん?」
そうなんだ。
少し意外な気もしたけど、さつきちゃんは彼がすきなんだ。
黒子くんは落ち着いていて、思慮深く物事を見るように努めている印象がある。
「いいね。応援してるよ!」
普段においても絶妙なパスを出し、私も節々で助けられてきた。
とても、いいと思う。
「ありがとう」
彼女は、ぽうと顔を赤らめながら眩しい表情を見せた。


そんな話も交えつつ、さつきちゃんは慣れたようにぽいぽいと手際よく必要な商品を籠に入れていく。私はそれを確認しながら、ときどきメモをとった。これからはこういう知識も必要なのだ。彼女の方からも、知っておくといいよとバスケ用品についても実物で解説してくれてとても勉強になった。
バスケットボールのことをもっと知ったら、きっと部活も更に楽しくなるだろう。
(敦くんの、役に立てる)


「ちょっと時間かかっちゃったね」
「ごめんね、色々教えてくれてありがとう」
会計を済ませ、中身の詰まった袋を持ち上げる。
「伊緒ちゃん、私も半分持つから」
「大丈夫、こういうときの為の私なんだから」
さつきちゃんは渋ったけれど、荷物の大半は私が持った。バランスの崩れてきた買物袋を抱え直しながら改めてお礼を言うと、
「大変かも知れないけど、解らなかったらなんでも訊いて。ムッくんのことも、いつでも相談に乗るからね」
彼女は口元に手を当ててふふふと笑う。
「さ、さつきちゃんてば!」


体育館に戻ると、館内は異様な空気に包まれていた。
「なに、どうしたの」
ピリピリしてるというか、殺伐としているような。
さつきちゃんが聞いたところによると、既に1ゲームは終了しており、休憩を挟んで後半のゲームが始まるのだという。
「あとで観戦しよう。また色々レクチャーするね」
「ありがとう。お願いします!」
私たちは、先に買ったものを仕舞う為に部室や倉庫に引っ込む。
そして手を動かしながら、さつきちゃんにふと訊いてみた。
「ゲームのときっていつもこんなだっけ」
前見てたときは、そうでもなかった気がした。かと言ってどちらも真剣な様子には変わりないのだが。
「ううん。今日はなんか変。なにかあったのかな」
彼女も顔を曇らせて首を捻った。


倉庫を出ると、コートの外で水分補給をしている敦くんに出会した。
「敦くん!お疲れ様」
そう声をかけながら駆け寄ってぎょっとする。
「……伊緒ちん……」
彼は明らかに肩を落として落ち込んでいるようだった。それなのに怒っている風にも見える。
(なんか殺気立ってるような…?)
「どうしたの」と俯いている彼の顔を見上げて尋ねた。

「……赤ちんに、ゴール捕られた」

(ああ、そうか)
あのお菓子のことか。
体育館内の空気が悪かったのもこの敦くんの負のオーラが原因だろう。つくづく部のみなさんには申し訳ないことをしてしまった。
まだ少し時間はあるし、せめて気晴らしにはなるかと思い彼の話を聞く。
曰わく、赤司くんには黒子くんのパスで四本、その他の部員からのパスやスティールでもいくつか点を捕られたのだという。
因みに青峰くんは三本に抑えたらしい。
黒子くんは赤司くんへのパスで四本、青峰くんへのパスで二本のアシストを記録した。
お菓子を勝ち得たのは現段階で赤司くんと黒子くんの二人となる。
敦くんは半泣き状態で「こんなに悔しいの初めてだし」と呟いた。
だめだこれは。

(かわいすぎる…!)

かと言って泣いていては次の試合に差し支える。
口元がぐにゃぐにゃ緩んでいるのを手で隠しながら、提案してみた。
「今度は、クッキー作ってくるから!後半も頑張って!」
「本当?」
「うん」
「俺だけ?」
「うん」
今日頑張ったらね、と付け足して反応を窺う。

「頑張るのは面倒だけど、ちゃんとやったら黄瀬ちんとミドチンに伊緒ちんのお菓子渡さなくて済んで、伊緒ちんのクッキーも独り占めでもらえる…」

敦くんの目がきらりと光った。
「そ、そうだね」
これは、動機付けに成功したというより殺気を研いでしまっただろうか。
二戦目開始の号令が聞こえると、敦くんは「ちゃんと応援しててね」と言い残してコートに入っていった。


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