25


ところで、ひとつ問題が手元に残った。
「じゃあ、真田さんのあれはもうもらえなさそうですね」
全員が殆ど昼食を食べ終えた辺りで、黒子くんが少し残念そうに私を見た。


誰の為のあれ


「“あれ”?」
彼以外の私も含むみんなが、首を捻る。
“それ”と黒子くんが指差したのは、私がすぐ傍に置いた手提げバッグ。さつきちゃん以外には、お昼休みに渡してしまおうとこの場に持ってきていた。
「紫原くんは、真田さんからもうもらったんですよね」
黒子くんが敦くんに問うと「これのこと?」、と未開封の“それ”を掲げて見せる。確かに私が彼に渡したものだ。
「それです」
さぼり騒動の原因である、手作りのチョコレートブラウニー。
敦くんも持ってきていたのか。
「昼休みに食べようと思ってねー」
彼の声が弾んでいる。
「もうもらえない、とはどういうことだ、テツヤ」
「それは」
「ここにいる全員分と、さつきちゃんの分も用意してたの」
私が黒子くんのことばを引き継ぐと、敦くんがブラウニーの袋をテーブルに落とした。

「伊緒ちん…それ本当?」

泣きそうな顔で尋ねられ、私は目を泳がせながら「うん」と肯定した。
「と、なるでしょう。だから、もうもらえませんね、という訳です」
黒子くんが淡々と解説する。
「え、どういうことなの」
別に問題はないと思うのだが、敦くんはいっぱい食べたかったということなのだろうか。さすがにそれだと私が申し訳ないな、と首を傾げる一方で、
「なるほど」
赤司くんは頷いた。
「別に菓子くれーいいだろ紫原」
「そうっスよ紫っち!ずるいっス!」
青峰くんと黄瀬くんが私に手を差し出してくる。
「絶対ダメ」
敦くんがそれを遮るように私の胸の前に腕を伸ばしてきた。

「伊緒ちん…の、お菓子は俺のだし。絶対誰にもあげない」

「敦くーん…」
そんなことをはっきり言われると、こちらが気恥ずかしくなってくる。何故彼はさらりと言ってしまえるのだろう。かと思えば予想のつかないところで赤面するし、本当に彼の言動は読めない。
「この手のお菓子ってね、簡単にいっぱい作れるんだよ。今度はもっと多く渡せるように作るから。クッキーとか」
さつきちゃんの分もあるのだし、ブラウニーはやはりみんなに食べてもらいたい。
チョコチップのクッキーとかどう、と提案もして必死に訴える。
「伊緒ちん、あのねえ」
しかし敦くんは小さな溜め息を零し、眉も一層寄せられた。
「敦、お前の気持ちも解らなくはないが、大切なのは真田の気持ちだろう」
赤司くんが腕組みをして言い争いに切り込んだ。敦くんがむう、と唇を尖らせる。
「なにか提案があるのか、赤司」
「ああ」
彼は緑間くんの問いに頷いた。余程いい案と自負しているのか、不敵な笑みを浮かべている。

「敦、真田の菓子を渡したくなければ、自分で守ってみせるんだ」

「?」
赤司くんの提案とは、今日の部活のミニゲームで敦くんとマッチアップの際、彼から一人5本ゴールを奪えたら私からお菓子を受け取ることが出来るというものだった。
パス専門だという黒子くんに関しては、シュート直前のパスで5本のアシストを条件とした。
いつの間にかブラウニーへの期待値が跳ね上がっている。正直、なんの変哲もないたかが素人の作ったお菓子のハードルをそこまで上げられては、私の方が困る。
しかしそう言おうにも全員盛り上がりすぎていて、口を挟めなかった。
(中学男子って…)
なにか景品が懸かると、モノはさて置き取り敢えずムキになるらしい。若干ノリについていけない。
しかも、そのルールでは敦くんが赤司くんたちを一人で相手するということになる。さすがにきついと思うんだけど、と私は小さく挙手した。
「そうだな、二回に分けようか」
「……」
こんなことで部活の練習内容を左右されるなんて他の部員は思ってもみないだろう。お菓子もおちおち渡せないのでは、私も日頃の行いには気をつけなければ…などとぼんやり考えていると、気付けば彼らの間には火花が散っていた。
なんと紫原くんが、私が既に渡したブラウニーを「でもこれは俺のだよねー」とラッピングを開封し、食べ始めてしまったのだ。

「やばい超美味しいよ伊緒ちん!」

ブラウニーは割と重いお菓子だと思うのだが、一つ、また一つと彼は口に運んでいく。
「あ、あはは、本当?よかった!」
すごく嬉しいのだが、空気の悪さに素直に喜べなかった。
みんなの目が怖すぎる。
この上ない挑発になっているとも知らず、敦くんは瞬く間に袋を空にした。
そして「伊緒ちんのお菓子は絶対あげない」と宣言すると、一気に全員のテンションが加速していく。
「絶対もらうっス」
「黄瀬、お前は他の女子からいくらでももらえんだろ。テツ、俺にパス頼んだぜ」
「はい。今日は黄瀬くん以外にボールを回します」
「ひどいっス!」
「俺は人事を尽くすだけなのだよ」
「真田の手作りか…なかなか楽しみだな」
こんな妥協点を望んだ訳ではなかったのに。取り敢えずルールは決まったのだし、心配するような混乱は起こり得ないと思うけれど。
なんだかさつきちゃんに無性に会いたくなった。


放課後、いよいよ部活の時間を迎えた。
さつきちゃんにマネージャーの指南を受けるべく、ジャージに着替えて部員として初めて体育館に入る。
「よろしくお願いします!」
「伊緒ちゃんが入部なんて夢みたい!よろしくね」
さつきちゃんも赤司くんから話を聞いたときはかなり驚いたらしいが、笑顔で迎えてくれた。
しかし中途半端な入部で、やはり私はかなり例外的な存在らしい。ほいほい出入りしていたときよりも周りの目を感じる。
「出来る限り解り易くは教えるつもりだけど、つきっきりにはなれないから、他の子の仕事も見てね」
「う、うん」
なんでも、さつきちゃんは彼女にしか出来ない難しい仕事も任され熟している、特別なマネージャーだと赤司くんが言っていた。
(すごい、かっこいいなあ)
あの面子に引けをとらず、それどころか頼られてるなんて。
でも根本が違うなら考えても栓のないこと。私は、まず仕事を早く覚えなければ。
ただ怪力が取り柄なだけではなく、如何に使えるマネージャーになるか…全身に緊張が走った気がした。
如何せん人数の多い部活だから、作業は効率よく進めることが大事、とさつきちゃんは言う。
「まあ、この一軍なら二、三軍より人数は少ないけどね」
私もさつきちゃんみたいに一軍の担当になるのだろうか。
(部活動には憧れてたけど、いきなりこれは敷居が高かった…かも)
私は色々メモをとりながら、ドリンクの作り方や、備品の手入れ・管理、消耗品の購入目安などを教わっていく。ゲームの準備に必要なものや、記録の取り方エトセトラ。
「一日じゃ覚わんないよ…」
情報の多さに頭が混乱する。
さつきちゃんだけじゃない、当然だけどマネージャーはみんな、一頻り仕事は熟せるんだ。例え、赤司くんが弛んでると言ったマネージャーたちでも、私より経験があるのは事実だし、一軍付きには変わりない。
なんとか、同じ土俵に立てるようにならなければ。先ずは、選手をサポートするさつきちゃんのサポートが出来るようになるところから。
空いた時間を利用して、とったメモを読み返す。
「バスケのルールも勉強が必要だなあ」と一人ごちていると 、赤司くんや監督と話していたさつきちゃんがこちらにやってきた。
「伊緒ちゃん、このあとゲームだから、用意の仕方教えるね」
「はい!」
倉庫に向かっていく彼女のあとを追った。


スコアボードと、全面用のゴールと、と説明を聞きながら準備していく。
「これでオッケー?」
「うん。このあとは急に買い出しが必要になって…一緒に来てもらえる?」
「はい」
買い出しなら荷物持ちで既に同行したことがある。
しかしそのときはこんなことになるなんて思っていなかったから、何を買っているのかよく見ていなかった。
今日は改めて勉強だ。
「赤司くん、伊緒ちゃんと買い出し行ってくるね」
二人で彼にそう声をかけると、敦くんがやってきた。
「えー、伊緒ちん外出るの?俺今からゲームするのに」
そういえば、部活始まってから敦くんと話すのはこれが初めてだ。
近くに来たというだけで、心臓が敦くんに反応する。
「えっと、お菓子、賭けてるんだったね…。が、頑張って」


ゲーム中の敦くんは普段の様子とかなり違う。普段話しているときや彼がお菓子を食べているときは一緒になって和んでいるのに対して、バスケをしている敦くんは見ていて惚れ惚れしてしまうのだ。
今日その姿が見られないのは、口で言っているよりずっと残念に思う。
でももう、そうは言っていられない。
同じく残念そうにしている敦くんを励ましていると、さつきちゃんが隣で首を傾げた。
「お菓子?」
「真田の手作りブラウニーのことだ」
彼女から受け取ったバインダーを確認しながら、赤司くんが答える。
「俺たちの分も用意してくれたらしいが、敦がそれを嫌がってね。ルールを設けてゲームで賭けてるんだ」
「え、なにそれ欲しい!」
さつきちゃんが私の腕をがっと掴んだ。
「さ、さつきちゃんの分もあるよ」
気圧されながら答えつつ、敦くんを見遣った。あ、ちょっと嫌そう。

「敦、あまり余裕のない男は嫌われるぞ」

横から赤司くんがちくりと言い放った。
「えっ」
明らかに顔色を変えた敦くんは「伊緒ちん俺のこと嫌いになるの!?」と詰め寄ってくる。
「ならない、ならないよ!」
私も慌ててぶんぶんと首を横に振った。これは赤司くん楽しんでるな。視界の端で口角を持ち上げている彼を捉えた。あんまり敦くんをいじめないで欲しい。
けど、さつきちゃんには本当に渡したいと思っているので、
「でも、さつきちゃんは今日すごくお世話になってるし、あげたいな…」
さつきちゃんは選手のみんなと違ってマネージャーだし解ってもらえるはず、と控えめにお願いしてみた。
「……じゃあ、さっちんはいいよ」
逡巡ののち、少し唇を尖らせつつ、敦くんは了承してくれる。全然余裕ないことないよ敦くん。
「ありがとう!」
向き直ってさつきちゃんにもあとで渡すね、と告げる。
彼女はにやにやと口角を持ち上げながら「ありがとう」と言ったかと思うと、
「さ、早く買い出し行こ!」
私の手を引っ張って体育館を出た。


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