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「授業をさぼるとは、いい度胸だな」
教室を飛び出し、一時間後。
つまり次の休み時間、何処からか騒ぎを聞き付けた赤司くんが屋上へやってきた。






現在私と敦くんは、コンクリートの上に正座をさせられ、赤司くんからのお叱りを受けている。
敦くんが言っていたよりも、ずっと怖い。想像を絶する圧力を感じる。
彼に睨まれると、目をまともに合わせることが出来ない。

「どんな事情があったにせよ、さぼりはさぼりだ。よく反省しろ」

「はい…」
私は項垂れて返事をした。
しかし敦くんは黙り込んでいる。
「敦、聞いているのか」
「伊緒ちんは悪くないし。バスケ部じゃないから怒ることないじゃん」
罰なら俺だけでいいでしょ、と赤司くんに反論した。
(いやいや敦くん待って!)
赤司くんに盾突いちゃだめだって。そこは庇ってくれなくていいから。
敦くんこそもっと自分を大事にして!と身体から血の気が引いていくのが解った。
祈るような気持ちで、目の前に腕組みをして仁王立ちする赤司くんを見上げる。
彼の反応はというと、予想外にも敦くんのことばを受けて考え込んでいるようだった。顎に指を当てて、口を閉ざしている。

やがて、一緒にさぼった以上は同罪だが、と前置きをして、
「真田がバスケ部所属でないという点は事実だ」
神妙に頷いて見せた。
私一人助かろうとは思わないのだが、罰の与えようがないということだろうか。

「敦は今日、外周10周と基礎練2倍のペナルティを課す」

「!」
さぼる羽目になった原因は私なのに。
それだけ、赤司くんは怒っているのだ。
部員の素行が所属する部活動の評判に関わることも解るし、彼の立場上責任を持って目を光らせていなければならないことも解る。
私に出来ることはない。
だからこそ、罪悪感が重く伸し掛かった。
泣きそうになりながら恐る恐る敦くんを見た。

「はーい。わかったー」

彼は、顔色一つ変えず赤司くんの指示を受け入れた。
「敦くん…?」
思わずぽかんと口が開く。
「そんなに心配そうにしなくても大丈夫だよー」
敦くんはへらりと笑った。

「で、真田。お前は…」
赤司くんが私に向き直る。
「は、はいっ」
私は膝の上で両の手を握り、背筋を伸ばした。
隣の敦くんが「ちょっと赤ちん!」と慌てるのを、彼は目で制す。

「男子バスケ部に今日付けでマネージャーとして強制入部だ」

「…はい?」
なんだそりゃあ。
バスケ部に強制入部?マネージャー?
なにかの悪い冗談ではなかろうか。
「本気だ」
こんな中途半端な時期に?
私はバスケットボールに関しては並の知識しかない。
はっきり言って人数的にも必要はないし、寧ろいても邪魔と言ってもいいくらいだと思うのだが。
「俺も伊緒ちん入ってくれたら嬉しいけど…」
今度は敦くんが心配そうに私を見た。
私に嫌なことはさせたくないと思ってくれているのだと、今なら解る。
「少し前から考えていたんだ。マネージャーにも弛んでいるのがいてな」
(ああ…)
それは覚えがある。
さつきちゃんが一人で重い荷物を持っていたときに、そういう人達を目にした。
というか、それがきっかけで私は彼女の手伝いを申し出たのだった。
「加えて先日欠員が出た」
にやり、と形容してもよさそうな笑みを赤司くんは浮かべる。凡その想像はつくけれど、なんとなく恐ろしい気がして尋ねない方がよさそうだ。
「で、私が?」
「真田なら桃井と協調出来るだろう」
「まあ…」
少なくともあの人達よりかは。
「今から一週間でみっちり桃井に仕事を叩き込んでもらうように。当分は彼女の補佐でも構わない」
赤司くんは強い目はそのままで、またしても口角を持ち上げた。
「はあ…」
なんだかまだまだ不安もあるし釈然としない。
が、これは“強制入部”。私に断ることは出来ない。
体力には自信もあるし、これで堂々と体育館に出入り出来ると思えば。
「いいの?伊緒ちん」

「うん…やってみる」

本当は、自分の力を生かして選手として部活に所属出来たらと思ったことも何度だってあった。しかし、叶わず諦めてきた。
もし赤司くんの指導の下、私にも出来ることがあるなら、マネージャーとして関わるというのもありかもしれない。

この破壊神と呼ばれた力を役立てる―――それはずっと望んできたこと。
機会は与えられた。
自分から、切り開いてみたい。

「頑張って、みる」


次の授業は、クラスメイトからの視線をちらほら感じながらもきちんと出席した。
昼休みに食堂でみんなが集まると、まず黄瀬くんから質問攻めにされた。
「紫っちと真田っち、なにがあったんスか?二人で授業さぼったりしてヤラシーっスね」
「……」
黄瀬くんって最低なんだな。
そろそろ、隣の黒子くんからの冷たい視線に気付いた方がいい。
「クラスメイトの女の子から聞いたっスけど、修羅場だったって本当スか?手作りお菓子がどうのってなんのことスか?」
誰か彼を黙らせて下さい。
と思ったものの、青峰くんも緑間くんも面倒を嫌って全く口を挟もうとしない。
黒子くんもドン引きしてるし、赤司くんがこんな話に加わってくるはずはない。
尾鰭の付いた噂に躍らされている黄瀬くんを哀れむ人など、この場にいる訳がなかった。
「ぶっちゃけ、二人って付き合ってるんスか!」
ぶふっ。
私は遂に飲んでいたお茶を噴いた。寸でのところで持っていたタオルを口元に押し当てる。
「え、ちょっと、なに」
みんなさっきまでの無関心は何処へ行ったのか。黄瀬くんの核心を突いた質問に、私と敦くんへと視線が集まっていた。
そんな中、その問いに答えたのは彼の方だった。

「――――、――――…。」

それを聞いた赤司くんを除く彼等の目が、俄かに見開かれていく。黄瀬くんは大きく、緑間くんは僅かに。
しかし、私はそれを聞くことが出来なかった。ごつごつしたその手に、両耳を塞がれていたからだ。
手の大きさからすれば頭部を覆う程で、私は首を動かすことも出来ずされるがままになっていた。
(ただイエスかノーかで答えるだけのはずの質問だよね?)
みんなの表情の変化をどう解釈すればよいのやら、敦くんの返答が如何なものであったのか想像もつかない。
何故、私に聞かせてくれなかったのかも。

(私には言えないこと?)

ああ、胸がもやもやする。
黄瀬くんめ。
彼がこんなことを訊かなければ。

(きっと、敦くんなりになにか気を遣ってくれてるんだ)

そう思うことにした。
すぐに遮断されていた聴覚は解放され、
「ね?伊緒ちん」
と顔を覗き込んで微笑まれてしまっては。

「うん」と曖昧に頷くしかなかった。


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