21


次の日、私は休み時間に手作りのお菓子を携えて敦くんの元を訪れた。


なんで


失礼しまーすと小声で言いながら、後ろのドアからこそこそ教室の中を見渡し、敦くんを探す。
(いた)
あの目立つ形は、すぐ見つかった。
机に突っ伏して寝ている。
(朝練とかハードなんだろうな…)
起こさない方がいいかもしれないと思い、暫く様子を窺っていると、彼はむくりと起き上がった。
そして鞄の中に手を突っ込み、取り出したのはスナック菓子の袋。ばりっと開封するとさくさく食べ始める。
(ま、マイペースだ)
初めて会ったときも敦くんはそんなだった。思い出して、ふふっと口から笑いが零れる。
ラッピングの薄い紫色のリボンを整え直し、私は教室に入った。

「敦くん」

「!」
横からそっと声を掛けると、彼は目を見開いてばっと私を見上げた。
この角度は新鮮だ。
「伊緒ちん!?」
「こんにちはー」
思い掛けず驚いてくれたので、私はひらひら手を振って挨拶する。しかし気の抜けた風を装ってみたものの、緊張して脚が震え始めた。
「伊緒ちんから来てくれるなんて初めてだねー。どうしたの」
彼は寝起きでも特に機嫌が悪くなるということはないらしい。寧ろ口元は軽く上向きに弧を描いている。
そのことに安堵しながら、
「この前のお礼がしたくて。これ…作ってきたんだけど、よかったら食べて」
敦くんの口に合うかは解らないけど、と紫色のリボンで口を縛ったチョコレートブラウニーの袋を差し出した。
早鐘を打つ拍動が指先にまで伝わりそうな程、心は張り詰めて身体は強張る。
受け取ってもらえるだろうか、ただただ怖い。
実は、他の人に渡すものと比べて彼の分は多い量を包んである。しかも、特に見て呉れのいいものばかりを選んで。
無意識の行動だったらしく、私自身気付いたのは全て包装し終えてからだった。
明白に見栄を張った分、これを要らないと言われたら私は泣くしかない。

「伊緒ちんの手作り!?」

敦くんがガタッとけたたましい音を立てて立ち上がる。
「う、うん、一応」
私の手にあるそれをまじまじと見つめて、数秒後にそっと受け取ってくれた。
これは、喜んでくれたととっていいのだろうか。
(よ、よかった)
杞憂で済んでなによりだ。
「すげー」
両掌に袋を乗せて目線の高さに掲げ、きらきらした目で様々な角度から見つめている。
第一関門はクリア。あとは味だけだ。
「ありがとー伊緒ちん」
この目元の緩んだ笑みを、裏切ることにならなければいいが。
「ううん、こちらこそいつも――…」
お世話になってるから、と言いかけて、周囲の視線や笑い声に気付いた。

「あいつあの“破壊神”じゃね」
「あの怪力でお菓子作りとか」
「金属片とか混ざってそう」

ぎゃはは、あるあるー!と、遠くからも近くからも聞こえてくる。
(そんな訳あるか)
自分のクラスでもここまで露骨には言われたことはないのだが、噂に尾鰭は付きものか。
何処のどいつが『ごめーんお菓子作ってたら怪力で器具壊しちゃって、金属片混ざってるかも!』なんて事故を起こすんだ。

仕舞いには、
「あいつ、灰崎とタイマン張ってボコボコにしたってよ」
「最近男バスに入り浸ってるのも力にもの言わせてるんでしょ」
「うわ、さすが“破壊神”」
という話にまで及ぶ始末。
灰崎の件は公にはしておらず、目撃者も特にはいないと思っていたが、何処で誰が見ているかは解らないものだ。人の口に戸は建てられないし。
タイマンと言われると好んで果たし合いをしたようで不本意だが、赤司くん預かり案件となっている今は何も口を挟むまい。
バスケ部に自由に出入りさせてもらってることについても、赤司くんたちに不名誉であれば言い返す気になっただろうが。それが元となって灰崎とのトラブルになったのだし、下手なことを言うのは得策ではない。

(そもそも、他の誰かに解ってもらおうなんて思わない)

敦くんが喜んで受け取ってくれた時点で私の目的は果たされた為、速やかに退散することにした。
「じゃあね、またお昼休みに…」
こういうときは聞こえない振りに限る。そうすれば波風も立てずに済むのだから。
と、思ったのが甘かったのか。

「うるせーよ」

「っ!?」
敦くんが怒りに満ちた顔で、あのときと同じかそれよりももっと低い声で、クラスメイトたちに言い放った。室内の温度が、はっきりと肌で解る程下がった気がする。
彼等もそんな敦くんを見るのは初めてなのか、誰もが驚愕に口を閉ざし、水を打ったように静まり返った。
「あ、敦くん…?」

「俺前言ったよね、今度伊緒ちんのことそやって呼んだらヒネリ潰すって」

ゆらりと彼が一人の男子に近付いていき、眼前に手を翳す。
その男子は「ひっ」と怯えた目で敦くんを見上げた。
「待って、敦くん!」
私は慌ててその腕にしがみつくようにして止めに入った。
「私はいいから!やめよ、ね!」
「だって、こいつら…」
「仕方ないよ。私は大丈夫」
諭すように語り掛けると、敦くんが腕を下ろす。解ってくれたのだと思い、胸を撫で下ろした。
が、彼は今度は私を睨んだ。

「なんで?」

否、睨んでいるのではない。
辛そうに、泣きそうに、彼は私を見下ろしていたのだ。
「なんで我慢すんの?なんで伊緒ちんが傷付けられんの?」
「敦くん、」
私は必死にことばを探して宥めようとするが、彼は聞こうとしない。
「なにが仕方ないの?」
「あのね、敦くん、」
問い詰める口調がきつくなってきて、

「言い返せよ!」

敦くんが遂に声を荒げる。
生徒の何人かが身体を跳ねさせるのが見えた。廊下から教室を覗いている人もちらほらいる。
私はとうとうことばを失った。

しかし、怖がったつもりはなかった。本当にびっくりしただけだった。けれど黙り込んでしまった所為か、彼は私が怖がったと思ったらしく我に返って項垂れる。

「ごめ、伊緒ちん、俺…」

その表情やがくりと落ちた肩が余りにも悲しくて、「大丈夫だよ」と伝えようと私は再度敦くんの手に触れようとした。
伸ばした腕がもう少しで彼の元に辿り着こうというとき、

「っ、」

ふい、とその腕を避けられてしまった。
「あつ、し、くん…?」
腕が虚しく宙を彷徨い、私の胸に鋭い痛みが走る。

「伊緒ちん、俺…っ」

そして敦くんは教室を飛び出してしまった。


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