20



敦くんは、お菓子がだいすきだ。
私は、お菓子作りが割りとすきだ。
日曜日の午後、気合いを入れてキッチンに立った。



込める想い


作るのはチョコレートたっぷりのブラウニー。
この前のお礼にお菓子を差し入れして、少しでも感謝の気持ちが届けばいい。
(こういうのが単純なんだっていうんだよね)
しかし私から怪力をとったらこれしか残らないし、他の手段が思いつかない。
無理矢理にでも明るく気持ちを切り替えなければ。
彼の傍に、彼等の傍にいられるように、私も努力をすべきなのだ。


「お母さーん、卵割ってー」
私はキッチンのカウンターから、リビングで寛いでいるお母さんに声を掛けた。
「はいはい」
あんたもいい加減自分で卵くらい割れるようになりなさい、と面倒そうに立ち上がってこちらへ来てくれた。
「その“いい加減”っていうのを今身につけようとしてるところなの」
「へーえ」
明らかに疑わしげに私を見た母は、今の私にとっては至難どころか不可能な業である卵割りを難無く終えると、手を洗ってリビングに戻っていく。
「絶対!出来るようになるんだから!」
「はいはい」
完成したらお母さんにも頂戴ねと適当そうに相槌を打つと、母はテレビに集中してしまった。
今に見ているがいい。

明日はこのお菓子を持って、私から敦くんのクラスに行こう。
甘党の多い我が家では好評だが、彼の口には合うかどうか、不安はあるけれども。

(最終目標のオムライスまで、早く辿りつきたいな)

私は敦くんの顔を思い浮かべながら、いつもより丁寧に種をゴムベラで混ぜた。
どうせ沢山出来るのだから、敦くんだけじゃなくて赤司くんやさつきちゃんにもお裾分けしよう。
ラッピング用のバッグとリボンは人数分あっただろうか。


「出来た!」
焼き上がりを告げたオーブンレンジを開けると、甘く香ばしいチョコレートの香りが辺りに立ち込めた。
「あら、いい匂いね」
冷めたら、カットしてラッピングだ。
「お母さーん、これ冷ましてるんだからまだ食べないでねー」
こういうときだけ母は鼻が利くというか、調子がいいものだから油断がならない。
釘を刺して、自室に包装材を探しに行く。

「全然足りないなぁ」
リボンの残りが僅かで、一人分しか包めないだろう。
百均に買いに行けば事足りるし、私は鞄に財布を放り込んで家を出た。


様々なリボンが陳列された棚の前で、時折手に取ってみながら考える。みんなに渡すのだから、リボンもそれぞれのカラーを揃えるといいかもしれない。
確認しながら七つリボンを選び取り、会計を済ませた。
お店を出てから腕時計で時間を確認する。
(まだ冷めるまで時間あるよね)
本屋さんにも寄っていくことにした。

元来はあまり読書家ではないが、たまにふとなにかを読みたくなるときがある。
そういうときは、今日のように突発的に書店に足を運ぶのだ。
「新刊新刊…っと」
好きな作家の最新作を探し、新刊コーナーで立ち止まる。
(あった…って、あれ?)
最後の一冊であったそれに手を伸ばしたのだが、確かにそこあったはずの本が一瞬にして消えてなくなっていた。
え、と空を掴んだ自分の手を見る。

「あ、真田さんだったんですか」

「うわあ!」
いきなり名前を呼ばれ、声のした方に振り返るとすぐ後ろに黒子くんがいた。
思わず私は肩を跳ねさせた。
一体いつの間に。
一切気配を感じなかった。
驚いた余韻で、まだどきどきと心臓が強く脈を打つ。しかも彼の手には私が買おうとした本の最後の一冊。
黒子くんだったのか。
先日の別れ際を思い出し、一瞬気まずさを感じた。しかし、彼は顔色一つ変えずに尋ねてくる。
「真田さんもこれを?」
普段と変わらない調子の振る舞いに安堵し、私も答えた。
「うん。と、思ったけど先越されちゃったね」
意識しないように、その作家さん面白いよね、などと言いながら他の本も漁っていく。
いずれは手に入るだろうし、不必要に慌てたりすることはない。
勿論、彼に気を遣わせるつもりもなかったのだが。

「じゃあ僕いいです。真田さんどうぞ」

黒子くんに、その本を差し出されてしまった。
「え、いいよいいよ。そういうつもりじゃなかったんだ。ごめんね」
それは黒子くんのだよ、と辞退するも彼は納得してくれず、結局妙な目力に圧されて有り難く受け取ることにした。
黒子くんも違う本を買い、二人で揃って本屋さんを出る。
「ありがとね、黒子くん」
「いえ」
その後、何処へともなく二人で歩いていると彼がふいに切り出した。
「あの、すみませんでした」
「え、なにが?」
謝られるようなことが思い当たらない。
というか、謝るなら本を譲ってもらった私の方のはずだ。
「この前の…真田さんが帰ろうとしたときに、紫原くんに告げ口のようなことをして」
「…ああ」
黒子くんも、気にしてくれていたのか。それにしても表情に出ないな。
「謝らないで。あれは、結果的にはやっぱり…感謝、してるし」
敦くんの手を煩わせることは不本意ながらも、最終的に甘えることにしたのは私自身の意志だった。だから、黒子くんに感謝こそすれ反感を抱くことはない。
ことばを選びながら、私は再度お礼を述べた。
「なら、よかったです」
すると、彼は安心したように小さく笑った。

「そうだ。ねえ、黒子くん」
次は、私の方から口を開く。
「はい」
「敦くん、てさ、甘いものもすきだよね」
「はい。彼はお菓子類なら大体なんでも」
黒子くんなら、敦くんの嗜好を少なくとも私よりも知っているだろう。
こうなれば迷惑ついでだ。
「敦くんに渡したくて、お菓子焼いたんだけど…試食してくれないかな」
そう頼むと、黒子くんは確信を持って私に訊いてきた。

「真田さんは、紫原くんがすきなんですよね」

「え!なんで知っ、え、」
それは、さつきちゃんと赤司くんにしか言っていないはず。
「バレバレです」
なんて解り易すぎるの、私。
「…ですか」
観念して、肩を落とす。
「ですよ」
なので、そういうことは出来かねます、と彼は首を横に振った。

「紫原くんより先に、僕が真田さんのお菓子を頂く訳にはいきません」

「な、なるほど…」
言われてみれば、いくら自信がないとはいえ私の頼みごとは軽率だったかもしれない。
そんな私の考えを見透かしたのか、
「真田さんは、自信を持ってお菓子を渡していいと思います。きっとその方が紫原くんも喜ぶはずです」
黒子くんの口調は、穏やかに諭すようだった。
「ありがとう、黒子くん!」
なんていい人なのだろう。
いつも影薄いなんて思っててごめんなさい、と心の中で謝った。
「どう致しまして」
「明日敦くんにちゃんと渡せたら、そのあと黒子くんたちにも渡すね」
「ありがとうございます、楽しみにしています」

こうなったら、気合いを入れてラッピングしよう。
私たちは手を振って別れる。

(黒子くんも、私を怖がったりしないな…)
私が敦くんをすきだと知っても茶化さないでいてくれたし、慮ることに長けている。彼とも、仲良くなれるだろうか。


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