12



「それじゃあ敦くん、よろしくお願いします!」
「よろしくー」
待ちに待った部活の時間。
私と敦くんは、体育館の隅で腹這いになって向かい合った。



すきが加速する


「準備はいい?二人とも」

いよいよ彼と初めての試合だ。
審判は例の如くさつきちゃんが担ってくれる。赤司くんは監督のところに行っているらしく、席を外していた。
あとで報告すればいいかと思い、敦くんに勝負を申し込んだのだ。

「はい…!」
「いいよー」

敦くんとは何度も手を繋いでいるのに、正面から向かい合うとまた違う。いつも以上にどきどきする。
青峰くんたちと勝負したときは、全くこんな気持ちにはならなかった。
やっていることはアームレスリングなんて色気の欠片もないことなのに、こんな風に目を合わせているというだけで、緊張感が全く異なる。

(だめだめ、集中しなきゃ)

「用意…始め!」

さつきちゃんの合図で、私は腕に力を込めた。
正直、敦くんにまで勝っちゃったら嫌だなぁと思いつつ、ちゃんと初っ端から本気で彼の手を圧す。
しかし、
「え!?」
びくともしない。
顔は見えないが、さつきちゃんも息を呑んだのが解った。

「あららー?伊緒ちんそれで本気ー?」
普段と変わらないトーンで敦くんは首を傾げた。多分、彼の方は全然本気を出していない。

「ふんぐぐぐっ…!」
思わずおかしな唸り声が口から漏れた。
一方で敦くんは
「伊緒ちんがんばれー」
などと私の応援すらしてくる。

筋力だけの話ではない。
単純に体重・体格差を感じた。
私では彼を動かせない。
しかし彼は私の腕を倒そうと思えばすぐに倒せるだろう。
「うぎーっ!だあーっ!」
私は足をもばたつかせ、力を一局集中する。しかし長くは続かなかった。
は、は、と呼吸が短くなる。

「あはは、伊緒ちん顔真っ赤」

私が苦しそうにしているのに対し、敦くんは楽しそうだ。
「ちょ、だめ!変な顔になってるから見ないで!」
彼からの指摘で顔をばっと伏せた瞬間、腕から力を抜いてしまった。

「はい」
「あっ…」

その一瞬の隙に、ぱたりと手の甲を床につかされた。

「む、ムッくんの勝ち…!」

さつきちゃんが試合終了を告げる。

「ま、負けちゃった…」
力勝負に関しては、初めての敗北だ。
勿論、左手でも勝てなかった。結果は同じ、息を切らすだけ。
周りも、私も呆気に取られていた。

淡々としている敦くんはのそりと起き上がると、お昼のときと同じように私に手を差し出す。
「ありがと」
私はその手に掴まり、立ち上がろうとした。
が、
「わわあっ」
ぐん、と強く腕を引っ張られる。
なにが起こったのか解らなかった。
「敦くん!?」
床が遠く、足がついていない。

「伊緒ちん軽〜い」

敦くんに、抱き上げられていた。
彼の腕に乗っているような状態で、そのまま楽しそうにくるくる回り始める。

「ひゃー!こ、怖いって敦くん!あはは、酔っちゃうよ!」

彼の首にしがみつき訴えると、漸く下ろしてくれた。
ゆっくり、割れ物を扱うみたいに。

「伊緒ちんは女の子なんだから、俺に勝てる訳ないじゃん」

私の足が床についたのを確認すると、敦くんは優しい瞳で笑った。
ぼん、と頭から音が上がったかと思った。
「な、え、え、」
金魚みたいに私が口をぱくぱくさせていると、ぽんぽんと頭を撫でて練習に戻っていった。

私の力を嗤った訳でも、女の子の力を嗤った訳でもない。
クラスメイトに『女じゃない』と言わしめた私を、“女の子”扱いしてくれたのだ。

ちっとも特別なことではないように、『伊緒ちんは女の子なんだから』と、そう言った。

(敦くんずるい…)

心臓が痛い。ふらふらと壁に寄り掛かると、ジャージの胸元を握り締めた。

「伊緒ちゃん、大丈夫?」
先程の抱っこで私が酔ったのかと、心配したさつきちゃんが背中を摩ってくれた。

「さつきちゃん…これが恋患いってやつなんだね…」

彼女に丸めた背を向けたまま呟く。背中に触れている手が一層丁寧になって、「そうだね」と明るいトーンだが真面目な相槌が返ってきた。

(自分よりも強い人を好きになるだとか惚れ直すだとか、)

どれだけ単純なんだ。
「ああぁあぁぁああ」と奇声を発して蹲れば、さつきちゃんも屈み込んで目線を合わせてくれる。

「解るよ。自分にない優しさとか強さを持ってる人には、惹かれちゃうものなんだよ」

「さつきちゃんも?」
「…うん」
膝に埋めた顔を僅かに上げて彼女を窺うと、切なそうに、だけど何処か嬉しそうに笑った。

「そっか」




敦くんとアームレスリングで戦って、負けたことを、休憩時間に赤司くんに報告した。
元から彼は『真田に勝てるのは敦だけ』と予言していた為、特に驚いてはいなかった。

「で、どうだった」

「どう、って?」
抽象的な問いに、なにを答えたらいいのか解らず私は首を傾げる。
「敦と戦ってみて、どうだったんだ」
「ああ、そういう…えっと…」
赤司くんが言い直してくれたので、向こうで黒子くんとじゃれている敦くんを眺めながら、さっきのことを思い返した。

敦くんは強くて、簡単に負かされてしまった。
楽しそうに私を抱え上げ、『女の子だから俺には勝てないよ』って言った。
頭を撫でてくれて、そのときの彼はとても柔らかい笑顔をしていた。

あ、どうしよう。また顔が熱くなってきた。

「真田?」
両手で顔を覆った私を不審がった赤司くんが、目を細めた。

「も、もっとすきになった…」

そう答えると、

「そういうことではない」

赤司くんは瞳孔を開かんばかりの目力で私を睨んだ。

「ひっ」

「馬鹿なのか?馬鹿なんだな? 真田が敦をすきなことくらい知っている。俺は、敦と戦ってみて全力を出す感覚は掴めたかと訊いたんだ」

蟀谷に指を遣って、彼が態とらしく大きな溜め息を吐く。

「えっ、あ、それは…無我夢中で…」
ごめんなさい、と我に返って目を伏せた。
赤司くんがそんなことだろうとは思った、と呆れ、説明してくれる。

「いいか? 真田が敦に勝てないのは、体重差や体格差、単純に最も力を発揮できるように手を握れないといったボディメカニクスの問題だ。バスケ部で、否、この学校で真田が勝てる限界ラインを超えているのは、敦しかいない」

おおう…急に話が難しくなったが、つまり彼は、敦くんしか私の相手を出来ないということを言っているらしい。
だから、と赤司くんは一度ことばを切り、
「二度目はないからな、集中しろ」
そう私に釘を刺した。
赤司くんは、私が恐怖に固まっている間に部員に練習再開を告げながら去っていく。

ていうか、私、今赤司くんにカミングアウト…した?

(あああああ―――!!!)

私は再び屈み込んで独り頭を抱えた。


その後、私は荒れたテンションのまま緑間くんとも一戦交え、簡単に勝ってしまった。

ばれてしまったものはしょうがない、赤司くんなら信用出来るし、と言い聞かせて心をなんとか鎮める。

(やっぱり、敦くんと試合して、自分の力を知らないとだめなんだな…)

そして、相手の力も感知出来るようにしないと、赤司くんからの課題はクリア出来ないだろう。
これからは、敦くんの時間が許す限り訓練に付き合ってもらおう。

別に彼と一緒にいる口実に出来るとか疚しいことなど考えてはいない。
そんなには。



(機嫌よさそうですね、紫原くん)
(まあねー。伊緒ちんかわいかったー)
(よかったですね)
(かわいすぎてちょっとやばかったよー)
(…よかったですね)


[ 12/32 ]

[*prev] [next#]
back
top



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -