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「伊緒ちん」

お昼休みが始まってすぐのこと。
会いたかった人が目の前にいて、私に手を差し出していた。



広がる


初めは幻を見ているのかと思った。
以前の体育館に呼ばれたときは、少なくともお弁当を食べ終わる頃を見計らったように迎えに来てくれていたし。

(なにか急ぎの用かな)

ちょっと走ってきたように見える。
「どうしたの、敦くん」
なんとか落ち着き払って尋ねると、笑っているような、戸惑っているような顔をして彼は答えた。

「お昼、一緒に食べよー?」

それはもう、周りの視線など気にならないほど私を舞い上がらせることばでしかなく、何度も頷いて立ち上がる。
開きかけた包みを慌てて再度括った。
お弁当を持った方と反対の手を敦くんが掴んで、「早く行こ」と急かす。

「食堂で、赤ちんたちが待ってる」
「赤司くん“たち”?」
「うん。お昼はよくバスケ部のみんなで一緒に食べるんだよー」

あ、二人じゃないんだ。
と少し残念に思いつつ、嬉しさに胸が跳ねる。誰かとわいわいお昼休みを過ごすなんて、殆ど初めてなのだ。
それに、敦くんがいるなら今はなんだっていい。

敦くんの歩幅は私よりもずっと大きく、少し前を歩くので歩調は自然と速くなった。彼の手は、いつも躊躇いなく私の手をすっぽり包み込む。
無骨だけど温かいその手に、私は頼もしさと優しさを感じていた。

いつか、私からも繋げたらいいな。

「今日は、もう青峰くん黄瀬くんとは一回ずつ試合したんだ」
「…へえ」
「今日は、敦くんも相手してほしいんだけど、いい、かな」

騒がしい廊下で、彼の背中に向けてそう声を張った。
どうせ顔が赤くなるのは抑えられない。でも今なら見られないで済むだろう。

「!」

それなのに彼は、驚いた顔で振り返って私を見下ろした。
「今日も、部活に来る?」
「う、うん、行きたいって、思ってる」
敦くんは、ぐっと眉根を寄せていた。
だめなのだろうか。
上気した顔が蒼褪めそうだ。唾を飲んで彼の答えを待った。

「…じゃあ、教室迎えに行くし。待っててね」

ぷいと外方を向いてしまったけれど、私の不安とは裏腹に彼の返答は肯定。
「うん!待ってる!」
ほっとしていると、くいっと手を引っ張られて私の身体は敦くんの横に並んだ。

「わっ」

(敦くんからしたら、こういうのも“友達”のスキンシップなのかなぁ)

彼を見上げると、その横顔はにこにこと綻びている。
ちょっと子供っぽい無邪気なところもあるようだし、深く考えてはいなさそうだ。

自然に接してくれるのは嬉しいけど、意識しているのが自分だけだと思うと複雑だった。


「紫原くん、遅かったですね」
食堂に着くと、みんなは既に食べ始めていた。
「じゃーん。伊緒ちん連れてきた」
敦くんが繋いだままの私の手を掲げて見せた。
「お邪魔します」
小さくお辞儀をすると、黒子くんがどうぞと隣の席を空けてくれた。
敦くんの手が離れて、そこに座るよう目で促される。
彼は私の向かいに座って、満足げに言った。

「これからは、こうやって一緒に食べようねー」

「えっ」
私は驚いてみんなの顔を見る。
赤司くんは「特に問題はない」と頷き、黒子くんはにこりと微笑んでくれた。
青峰くんは「一勝負あとでやんぞ。さっさと食え」と箸で私を指し、黄瀬くんも「いいっスね!昼飯のあとなら勝てる気がするっス!」と乗っかる。
緑間くんをちらりと窺うと、「俺は部活以外ではやらないのだよ!」と顔を顰めた。

つまり、お昼は一緒に食べてもいい、ということ。


友達みたいだと思った。
夢だった景色が、目の前にある。

手は差し延べられたのだ。
ちゃんと友達になれるように、私も変わらなければ。


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