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あの子は、いつもお昼休みをどう過ごしているのだろう。
赤ちんたちと食堂に向かいながらふとそんなことを考えた。



君の知らないほんとのこと


いつも独りでにいる子だったから。
いつも控え目に人と接する子だったから。

昨日一緒に帰ったときは、俺が初めての友達ともとれるようなことを言っていた。

(友達かー)

ずっと見てたのに。
多分、すきだったんだと思う。でも、あの子からしたら俺は友達で。
最初はこんなものかな。

(でももし友達としてしか距離が詰まらなかったらどうしよう)

ぐるぐる考えるとよく解らなくなる。

そもそもどうしてすきになったんだっけ。


あれは、去年の冬だった。
昼休みに廊下を歩いていると、資料室の前に多くの荷物を抱えている一人の女の子がいるのを見かけた。
山積みの分厚い事典や資料集とか参考書とか、そんなものだったと思う。
明らかに女の子一人で持てる量じゃなくて、多分鍵が開けられなくて困っていた。
でも通り掛かる人は誰も気に留めない。
かく言う俺もその一人で、
(頼まれても断らない方が悪いんだし)
なんて思っていた。

けれど周りにはそれ以上のやつらもいて、時折指を差しては笑ったり、通りすがりになにごとか馬鹿にしたことばを投げていったり。
俺はその声が妙に癪に障った。
しかしその子はというと、聞こえているだろうけど顔色一つ変わってはいない。どうするのか、なんとなく気にって遠巻きに観察することにした。
すると。

(えっ)

正直に驚いた。
その本の塔を持ち直したかと思うと右手の平に載せ、左手を空けた。
そしてなんでもなさそうに鍵を開けて資料室に入っていった。

片手で、あの重さを支えたというのだろうか。至って平均的な、女の子の腕に見えたけれど。
信じられないものを目にしたような気がして、俺はその戸にそろりと近付き中を覗いた。
荷物を置くだけにしてはなかなか出てこないと思ったのだ。

(なに、やってんの)

なんとその子は、空気の篭った資料室の窓を開け放ち、風を通して雑然とした夥しい蔵書の整理整頓をしていた。
何センチもある分厚い本も軽々と手にして次々に棚に揃えていく。
風が廊下に吹き抜けてくると俺でも寒くて手がかじかんだというのに、彼女は嫌な顔をせず、寧ろ楽しそうに作業を進めていた。

そんなことを、誰が頼んだというのだろう。

やがて彼女の周りのものがある程度片付くと、置いてあったパイプ椅子を窓辺に持って行き、姿勢よく腰掛けた。
傍にあった本を手に取り、ぱらぱらと捲り始める。

暫くすると、徐にその子は目元を拭った。
読んでいた本に感情が動いたのか、先程の嘲笑を思い返したのか。
窓から差す光で、きらきら光って見えた。
彼女の今の気持ちには相応しくない気がしたけど、きれいだと思った。
俺はもう、その姿から目が離せなかった。

(そうだ)

決めた。

(今度あの子が困ってたら、俺が助けてあげよう)

そうすれば、彼女は泣かなくて済む。


名案だと思った。
だけど、この広い帝光中で名前も学年も知らない子を捜し出すことは簡単じゃない。
何度か資料室を覗いたけど、その姿を再び見ることは叶わなかった。
次に見かけたのはそれから何週間も後で、本当に偶然だった。
教室からぼうっと外を見ていたら、あの子が中庭を横切った。

表情に曇りはないけど笑顔もなくて、堂々と歩いているのに寂しそうで、一人で世界の端っこを歩いてるように見えた。

(どうしたらあの子は笑うのかな)

近付いてみたかった。

俺は、彼女を以前にも増して探すようになり、その甲斐あってあるとき図書館から出てくるのを発見した。

「ねー黒ちん」

何度か図書館に通い、あの子がいるときとチームメイトが委員会の当番をしている日が重なったときにこっそり聞いた。

「なんですか、紫原くん」

「あの子名前なんていうのー?」

黒ちんは不思議そうにしながらも教えてくれた。

ずっと探してた女の子は同い年で、名前が真田伊緒。クラスは隣の隣の隣のもう一つ隣。つまり遠い。
それだけ解れば十分だった。

初めて話し掛けたのは屋上、掃除の時間だった。
その日俺は廊下を担当していて、自分の教室の前で箒を持って突っ立っていた。
いきなり隣の隣の隣のもう一つ隣の教室から、教師の『真田、いい加減にしろ』という怒鳴り声が聞こえて、近くまで見に行った。
そのときクラスから出てきた伊緒ちんと擦れ違い、泣きそうな顔をしているのをはっきり確認した。
俯いて、唇を噛んでいた。
伊緒ちんのクラスの男子が、『あいつ、女じゃねーよな』って言った。
それが明らかに伊緒ちんを傷付けるものだということは考えなくても解る。

あんなにきれいに泣く女の子が、『女じゃない』なんて、多分あいつらは目が腐ってたんだと思う。

俺はそいつらをヒネリ潰したい衝動を抑え、その場に箒をぽいと捨てると自分の教室に戻り、お菓子の袋を引っ掴んで彼女の後を追った。

あの子は傷付いた心を誰にも晒せず、一人で泣くのだろう。

実際、話し掛けたとき声は震えていたし目も赤かった。
本人は否定したけど、涙のあとは隠せていなかった。

助けてあげられなかった。

俺は彼女のことをなにも知らなくて、破壊神がどうとか言われてもそれは似合わないあだ名だとしか思わなかった。
それより名前で呼んだ方がかわいいに決まってる。
だから俺は伊緒ちん、って呼んでみた。

伊緒ちんは俺のことを敦くんって呼んでくれて、そのときの表情は鮮やかなものだった。
そんな顔は、初めてだった。
俺が話しかければ返事はしてくれるし、もしかしたらまだなにか出来ることはあるんじゃないかと思った。

そして考えついた次善の策が、赤ちんに相談することだった。


「上手くいったといえば、そうなのかなぁ」
「なにがだ」
心の声が無意識に漏れていたらしく、赤ちんが聞き返してきた。

「なんでもなーい」

なんでもなくないけど黙っておこう。
伊緒ちんのことになると、話せて嬉しいとか、他の人といるところを見ただけで苛立つとか、とにかく忙しい。でもそれは人に言うことじゃないから。

伊緒ちんにだけ、解ってほしいことだから。

(あ、)

伊緒ちんのことばっかり考えてたら、急に会いたくなってきた。

「赤ちん、先に行ってて」

俺はくるっと後ろを向いて方向転換した。「解った」とだけ返事をした赤ちんには多分全部お見通しだろうけど、伊緒ちんの教室を目指す。

案の定、伊緒ちんは自分の席でお弁当を開こうとしていた。
誰かと食べる、という様子はない。

だったら、誘ってもいいよね。
本当は、ずっと我慢してたんだし。


「伊緒ちん」

俺は教室に足を踏み入れると、一直線に彼女の元へ向かい、手を伸ばした。


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