「伊緒ちんもこっちなの?」
「うん。ってことは敦くんも?」
「だねー。じゃあ一緒に帰ろー」



一番と初めて


神様。
こんなことが許されるのでしょうか。

私はマジバを出てさつきちゃんや他のみんなと別れると、敦くんと二人、帰宅経路が重なった。
(す、すきな人と一緒に下校とか)
電車の線も一緒なんて。

なんのご褒美だ。
と浮かれてもいられない。怪しまれないように、自然にしていなければ。
敦くんも口元には笑みを湛えているし、楽しい話題を。となるとやはり部活の話かな。

「今日、すごく楽しかったよ」
私は敦くんを見上げて切り出した。
「んー?」
「さつきちゃんと友達になれたし、友達と寄り道なんて私初めて」

部活中の敦くんは、お菓子をさくさくやってる緩い感じとはまた違うということも解ったし。
ハードな練習を熟し、友達と寄り道をする―――彼の日常の一場面を新たに知ることが出来た。
なんて、本人に面と向かって伝えることは出来ないが。

「青峰くんたちとも、仲良くなれた気がする」
結局全員負かしちゃったけど、と肩を竦めると、「…ふーん」と冷たい返事が返ってきた。
あれ?突然御機嫌斜め?

「よかったね」

そのことばには、いつかみたくふにゃりとした笑顔はなくて。まるで他人事で。
「あ、敦くん?」
怖くなって私の表情筋も凍りつく。
「どうしたの、急に。ごめんね、なにか気に障った?」

「知らない」

敦くんは私を見ない。

どうして、なんで。
御機嫌だったり、いきなり怒ったり。
優しかったり、冷たかったり。

(嫌われたの?)

こういうときは、どうしたらいいのだろう。
どうして怒らせたのか解らないときは、なんて言ったらいいのだろう。

(明日は敦くんとも勝負したいって、思い切って言おうと思ってたのに)

「ごめん、敦くん…」
謝るしか出来ない。

それきり会話は途切れてしまった。彼の顔を見ることも出来ない。
レールの継ぎ目を踏む電車の揺れる音と、アナウンスがやけに大音量に聞こえた。

やがて二人の降りる駅に着き、やはり無言で電車を降りる。
私はここで乗り換え、敦くんは徒歩で帰宅となる。
このまま別れたら、明日はどうなるのだろうか。

何故か二人ともホームから動けなくて。
でもことばもなくて。
気持ちは重くなるばかり。

しかし乗り換え電車の時間は迫ってくる。

「じゃ、じゃあ、私行くね」

と掠れ声で告げてその場をあとにしようとした。
しかし、踵を返すと同時に手を掴まれた。
「あつ、し、くん…?」
彼の手が、熱い。

「あと何分」
「え」
「…電車」

彼は、私がいつ電車に乗るのか聞いているんだと漸く理解し、あと10分くらいと答えた。
「一緒に待つし。何番ホームなの」
「さ、三番…」
彼は私の返答を聞くと歩き出す。私は手を引かれるままついていった。


「俺が、伊緒ちんと一番仲良いと思ってたのに」

ホームに備え付けの椅子に座ると、敦くんが呟く。
「さっちんとか峰ちんと仲良くなって、伊緒ちんが楽しそうなのはいいけど」
なんかやだ、と唇を尖らせた。
私は適宜相槌を打ちながら彼の話を聞く。
「一番最初に伊緒ちんに会ったのは、俺なのに。峰ちんや黄瀬ちんと手握ったりさ、初めての寄り道がさっちんとかさ」

俺やだよ、という声色は完全に拗ねたこどものそれだ。一つ一つ咀嚼して理解を試みた。

(私と、仲良くしたいって、思ってくれてるんだ)

そう結論付けると、俄かに顔に熱が集まっていく。

「敦くん、あのね」
今度は丁寧にことばを選ぼうとした。
が、それは電車が駅に滑り込んでくる音に遮られる。
手を離して、私は立ち上がった。

「伊緒ちん…!」

車輌に乗り込み、彼を振り返る。ドアが閉まるまでに、これだけは伝えなければ。

「一番仲良しな人に見送ってもらうの、私初めてだよ!」

また明日ね、と手を振り、ドアが閉まった。
扉の向こうの敦くんは、ぱちくりと何度か瞬きをしてから笑った。

私の大好きな、ふにゃりとした笑顔で。


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