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「先に行ってっからよ。お前も絶対すぐ来いよ」
火神は一方的に約束を取り付け、高校を卒業するとすぐに渡米した。
守る義理なんかねえ、と高を括っていたのが間違いだった。
テツと会えば聞かされるあいつの活躍に、俺は闘争心を燃やしていた。
「おかえり」
玄関のドアを開けると、織子がぱたぱたと小走りでこちらへやってきて俺を迎えてくれた。
その顔は笑っているが、無理をしていることは明らかだ。
俺が迷えば迷うほど、織子も苦しむ。
「お疲れ様。ごはんあっためるね」
俺に早く靴を脱いで上がるよう促しながら、織子もキッチンへと踵を返す。
「織子」
俺は織子の手を取った。
「なぁに」
織子は振り向かず、俺に背中を向けたまま返事をする。
「悪い…俺、アメリカ行くわ」
「…そっか」
織子が俺の胸に飛び込むように抱き着いてきた。
俺は壊れそうなほど力を込めて抱き締め返す。細い腕を背中に感じながら、織子の嗚咽を聞いた。
「私は、大丈夫だから」
精一杯の強がりは、俺の為のもの。
「きっと活躍して、火神くんにも負けないでね」
ならば俺は、織子になにをしてやれるだろうか。
ただ今は、背中を摩ってやるしか出来なかった。
一先ずはごはんを食べ終え、お風呂も上がって大輝と対峙した。
「大輝のしたいようにしてほしいって、今日言おうと思ってたところだったの」
だから、大輝が自分の意志で、自分のことを第一に考えてくれたのが嬉しかった。
大輝が私を心配してくれたように、私だって大輝を心配していた。
例え、大輝の選んだその未来に私がいなくても。
大輝を縛り付けるだけなら、一緒にいる意味などない。私の為に、なにかを諦める必要などないのだ。
「約束…破ることになるけどよ」
そんな、苦しそうにすることなんかないのに。
「ううん、大輝はずっと私を守ってきてくれた。もう、十分だよ」
一時は、大輝の道を断った分、私が傍にいてどんな風にでも尽くすことで、その穴を埋められると思っていた。また違った日々に塗り替えて、満たしてあげたいと願っていた。
出来なかったんだね。
でもそれはきっと悪いことじゃない。
大輝はまだまだ上り詰め、強く大きくなれるということだ。
アメリカに発つまで、大輝は手伝えることはなんでもすると言ってくれた。
「講義も卒論もなんとか終わってるから…」
大学のスケジュールを指折り数えて思い返す。時間はなんとか作れそうだ。
となれば、やることはほぼ一つしかない。
「引っ越し、かな」
一人で暮らす、小さな小さなアパートを探したい。そして、新生活の環境を整えるのだ。
「わかった」
大輝は頷いた。
「明日空いてるか」
「うん」
「じゃあ、早速明日から探しに行こうぜ」
「ありがとう」
「ばーか。礼なんか言ってんなよ」
私の頭を、大輝がわしわしと撫でる。
この手と、離れる準備をしなければ。
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