さよならだいすきなひと1

 
まるでそれは、長年かけて充実させた秘密基地の玩具を片付けるような、そんな作業だった。



この急な引っ越しが決まったのは、一ヶ月ほど前だった。
その日、大輝が帰ってくるなり告げた。

「アメリカでプレーしねぇかって、話が来たんだ」

いつかはそうなると何処かで解って、期待もしていたし恐れてもいた。
それは、大輝との別離を示すものだから。
でもそれは私の勝手な都合であって、大輝にとっては念願であり、世界でスタープレーヤーになって活躍する第一歩である。

にも拘わらずあんまりにも浮かない顔でいうものだから、私は瞬間に悟った。

私が大輝の足枷になっている、と。

やっぱり無理だったんだ、大輝を日本に留めておくことなんて。
大輝は、大きな舞台での活躍を期待され、また競技を盛り上げる為に必要とされている稀有な人材なのだから。

「本当!?すごいじゃない!で、もう返事はしたの?」
大袈裟なリアクションで、大輝に駆け寄った。

「いや…」
「どうして?」
「……」

気付かない振りをして無理矢理話を進めるのは不可能らしい。
そっと腕に触れて、出来る限り優しく見えるように笑った。

「疲れてるよね。まずはお風呂にでも入ってきたら」

その間に私は夕食の準備をする。
今日はミネストローネを作る予定だった。落ち着かなきゃ、と言い聞かせながら野菜を切っていると、それが裏目に出る。
「痛っ」
包丁を滑らせ、指を切ってしまった。
もう十二分に私は動揺していたのだ。
絆創膏を貼ってなんとか気を持ち直してキッチンに立った。
やがてコトコトと鍋が煮立ち、いい匂いが部屋に満ちる。我ながらいい出来だ。

「あ、出た?もうすぐ出来るからね」
浴室からシャワーの音が止んで、間もなく脱衣所のドアが開いた。
首をそちらに向け、座って待っててねと呼び掛ける。

「……大輝?」

聞こえていなかったのだろうか、返事がない。しかし足音は近付いてくる。
「大輝?」
黙ったまま、彼は私の傍らに立った。
苦しそうな顔をして。

「織子…」

ゆっくり強く、震える腕で私を抱き締めた。

「一緒に来てくれ…」

私が断ると解っていて、相応の強い覚悟で大輝は言っているのだろう。
私はコンロの火を消した。鍋の中も静かになる。

「…ごめんね」

私の気持ちは変わらない。
ついて行くことは出来ないのだ。

「お前を置いていくことなんか出来ねえ。心配なんだよ」

優しい大輝。
大輝なら、そう言うと思った。
だから、私はアメリカには一緒に行けないのだ。

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